・・・が、たちまち鶏の群が、一斉に鬨をつくったと思うと、向うに夜霧を堰き止めていた、岩屋の戸らしい一枚岩が、徐ろに左右へ開き出した。そうしてその裂け目からは、言句に絶した万道の霞光が、洪水のように漲り出した。 オルガンティノは叫ぼうとした。が・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・いや、鴨たると鵜たるを問わず品川沖におりている鳥は僕等の船を見るが早いか、忽ち一斉に飛び立ってしまう。桂月先生はこの鴨の獲れないのが大いに嬉しいと見えて、「えらい、このごろの鴨は字が読めるから、みんな禁猟区域へ入ってしまう」などと手を叩いて・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・ しかもその火鉢といわず、臼といわず、枕といわず、行燈といわず、一斉に絶えず微に揺いで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸のあるは悉く死して、かかる者のみ漾う風情、ただソヨとの風もないのである。 十 その中に最も人間に・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 見えつつ、幻影かと思えば、雲のたたずまい、日の加減で、その色の濃い事は、一斉に緋桃が咲いたほどであるから、あるいは桃だろうとも言うのである。 紫の雲の、本願寺の屋の棟にかかるのは引接の果報ある善男善女でないと拝まれない。が紅の霞は・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・彼の徳川時代の初期に於て、戦乱漸く跡を絶ち、武人一斉に太平に酔えるの時に当り、彼等が割合に内部の腐敗を伝えなかったのは、思うに将軍家を始めとして大名小名は勿論苟も相当の身分あるもの挙げて、茶事に遊ぶの風を奨励されたのが、大なる原因をなし・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 意外な満蔵の話に人々興がり一斉に笑いをもって満蔵の話を迎える。「省作さんにおごらねけりゃなんねい事があるたアこりゃおもしれい。満蔵君早く話したまえ。省作さんもおごるならまたそのように用意が入るから」 政さんに促されて満蔵は重い・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・なお、この男を分会長にいただいている気の毒な分会員達は二週間の訓練の間、毎日の如く愚劣な、そしてその埋め合せといわんばかりに長ったらしい殺人的演説を聴かされて、一斉に食欲がなくなったそうである。この話を聴いた時、私は鼻血は出たけれど大工の演・・・ 織田作之助 「髪」
・・・俺も森を畑へ駈出して慥か二三発も撃たかと思う頃、忽ちワッという鬨の声が一段高く聞えて、皆一斉に走出す、皆走出す中で、俺はソノ……旧の処に居る。ハテなと思た。それよりも更と不思議なは、忽然として万籟死して鯨波もしなければ、銃声も聞えず、音とい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・人びとは一斉に息を殺してその微妙な音に絶え入っていた。ふとその完全な窒息に眼覚めたとき、愕然と私はしたのだ。「なんという不思議だろうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとえあの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」 ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
出典:青空文庫