・・・三面ハ渾テ本郷駒籠谷中ノ阻台ヲ負ヒ、南ノ一方劣ニ蓮池ヲ抱ク。尤モ僻陬ノ一小廓ナリ。莫約根津ト称スル地藩ハ東西二丁ニ充タズ、南北険ド三丁余。之ヲ七箇町ニ分割ス。則曰ク七軒町、曰ク宮永町、曰ク片町等ハ倶ニ皆廓外ニシテ旧来ノ商坊ナリ。曰ク藍染町、・・・ 永井荷風 「上野」
・・・社会の制裁が弛んだというかも知れませんが一方からいいましたならば、事実にそういう欠点のあり得る事を二元的に認めて、これに寛容的の態度を示したのであります。畢竟無理がなくなり、概念の束縛がなくなり、事実が現われたのであります。昔スパルタの教育・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・対象的に知ることのできない自己は、最も能く自己に知れたものでなければならない。一方に我々は自己が自己自身を知ると考える、かかる意味において知るとは、如何なることを意味するのであるか。かかる意味において知るということが、先ず問題とせられなけれ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・あの小さな狡猾さうな眼をした、梟のやうな哲学者ショーペンハウエルは、彼の暗い洞窟の中から人生を隙見して、無限の退屈な欠伸をしながら、厭がらせの皮肉ばかりを言ひ続けた。一方であの荒鷲のやうなニイチェは、もつと勇敢に正面から突撃して行き、彼の師・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 電燈がついた。そして稍々暗くなった。 一方が公園で、一方が南京町になっている単線電車通りの丁字路の処まで私は来た。若し、ここで私をひどく驚かした者が無かったなら、私はそこで丁字路の角だったことなどには、勿論気がつかなかっただろう。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・平田、君が一方を防ぐんだ。吉里さんの方は僕が引き受けた。吉里さん、さア思うさま管を巻いておくれ」「ほほほ。あんなことを言ッて、また私をいじめようともッて。小万さん、お前加勢しておくれよ」「いやなことだ。私ゃ平田さんと仲よくして、おと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・さて露した腕を、それまでぶらりと垂れていた片袖に通して、一方の導管に腰を掛けた。そして隠しからパンを一切と、腸詰を一塊と、古い薬瓶に入れた葡萄酒とを取出して、晩食をしはじめた。 この時自分のいる所から余り遠くない所に、鈍い、鼾のような声・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・誠に申分なき教訓にして左こそありたきことなれども、此章に於ては特に之を婦人の一方に持込み、斯の如きは女の道に違うものなり、女の道は斯くある可しと、女ばかりを警しめ、女ばかりに勧むるとは、其意を得難し。例えば女の天性妊娠するの約束なるが故に妊・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・尤もそれには無論下地があったので、いわば、子供の時から有る一種の芸術上の趣味が、露文学に依って油をさされて自然に発展して来たので、それと一方、志士肌の齎した慷慨熱――この二つの傾向が、当初のうちはどちらに傾くともなく、殆ど平行して進んでいた・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張った硝子戸がある。隣の室に通じているのであろう。随分無趣味な装飾ではあるが、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫