・・・彼は普遍妥当の真理を超時間的に、いつの時代にも一様にあてはまるように説くことでは満足しなかった。彼の思想はある時代、ことに彼が生きている時代へのエンファシスを帯びていた。すなわち彼は歴史の真理を述べ伝えたかったのだ。 彼は釈迦の予言をみ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 十人ばかりの焚き火を取り巻いている労働者達は、一様に京一を見て、くっくっ笑った。「それがまかない棒かい?」「よう…………」「どら、こっちへおこせ!」 従兄は団栗眼を光らして、京一の手から丸太棒を引ったくった。そして、い・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ときどき皆、一様におそろしく退屈することがあるので、これには閉口である。きょうは、曇天、日曜である。セルの季節で、この陰鬱の梅雨が過ぎると、夏がやって来るのである。みんな客間に集って、母は、林檎の果汁をこしらえて、五人の子供に飲ませている。・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・その頃生活派と呼ばれ、一様に三十歳を越して、奥様、子供、すでに一家のあるじ、そうして地味の小説を書いて、おとなしく一日一日を味いつつ生きて居る一群の作家があって、その謂わば、生活派の作家のうちの二、三人が、地平の家のまわりに居住していた。も・・・ 太宰治 「喝采」
・・・渋い芸も派手な芸も、あの手もこの手も、一つとして役に立たない。一様に冷く黙殺されている。けれどもお客も、その黙殺にひるまず、なんとかして一本でも多く飲ませてもらいたいと願う心のあまりに、ついには、自分が店の者でも何でも無いのに、店へ誰かはい・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・それがただ一様な色紙ではなくて、よく見るとその上には色々の規則正しい模様や縞や点線が現われている。よくよく見ているとその中のある物は状袋のたばを束ねてある帯紙らしかった。またある物は巻煙草の朝日の包紙の一片らしかった。マッチのペーパーや広告・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ それから波の長さがあまり一様なのもいけないらしい。 私の調べた中で口調のいいと思ったのには、初めに長い波がつづいて終りに短いのがあるか、あるいはその反対のが多いようであった。 もっと沢山の材料について調べてみたいと思ったきりで・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・異った人種はよろしく、その容貌体格習慣挙動の凡てを鑑みて、一様には論じられない特種のものを造り出すだけの苦心と勇気とを要する。自分は上野の戦争の絵を見る度びに、官軍の冠った紅白の毛甲を美しいものだと思い、そしてナポレオン帝政当時の胸甲騎兵の・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・という灯が見えるが、さて共処まで行って、今歩いて来た後方を顧ると、何処も彼処も一様の家造りと、一様の路地なので、自分の歩いた道は、どの路地であったのか、もう見分けがつかなくなる。おやおやと思って、後へ戻って見ると、同じような溝があって、同じ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・彼らから見て闇に等しい科学界が、一様の程度で彼らの眼に暗く映る間は、彼らが根柢ある人生の活力の或物に対して公平に無感覚であったと非難されるだけで済むが、いやしくもこの暗い中の一点が木村項の名で輝やき渡る以上、また他が依然として暗がりに静まり・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
出典:青空文庫