・・・は白味噌のねっとりした汁を食べさす小さな店であるが、汁のほかに飯も酒も出さず、ただ汁一点張りに商っているややこしい食物屋である。けれどもこの汁は、どじょう、鯨皮、さわら、あかえ、いか、蛸その他のかやくを注文に応じて中へいれてくれ、そうした魚・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・寺田はどきんとして、なにかニュースでもと問い掛けると、いや僕は番号主義で、一番一点張りですよ。そう言ったかと思うと、すっとスタンドの方へ出て行った。 その競走は七番の本命の馬があっけなく楽勝した。そしてそれが淀の最終競走であった。寺田は・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・隣で台湾飴を売っていた男が、あの毛布なら五百円でも売れる、百円で売る奴があるかというのを背中で聴きながら、ホテルの向い側へ引き返し、大阪一点張りに張ってみたが、半時間もたたぬうちに百円が飛んでしまった。 帰りの道は夏服の寒さが一層こたえ・・・ 織田作之助 「世相」
武田さんは大阪の出身という点で、私の先輩であるが、更に京都の第三高等学校出身という点でもまた私の先輩である。しかも、武田さんは庶民作家として市井事物一点張りに書いて来た。その点でも私は血縁を感じている。してみれば、文壇でも・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・見えて、野州上州の山地や温泉地に一日二日あるいは三日五日と、それこそ白雲の風に漂い、秋葉の空に飄るが如くに、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴という扮装で、五里・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など、競作する場合には、いつでも一ばんである。で・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ゲエテ一点張りである。これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など競作する場合には、いつでも一ばんである。出来・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それで、事によるとデパートのはやる理由のことごとくが必ずしも便利重宝一点張りのものでもないかもしれない。そうでないとすると小売り商の作戦計画にはこの点を考慮に入れなければなるまい。 デパートアルプスには、階段を登るごとに美しい物と人との・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・そうして朝から晩まで鱒一点張りの御馳走をうけた。実にテンポのゆるやかな国であった。 日露戦争当時であって、つい数日前露艦がこの辺の沖に見えたという噂もあった。われわれが験潮器を浜に据えて、鉛管を海中へ引っぱっていたので、何か水雷でもしか・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫