・・・緑雨が一葉の家へしげしげ出入し初めたのはこの時代であって、同じ下宿に燻ぶっていた大野洒竹の関係から馬場孤蝶、戸川秋骨というような『文学界』連と交際を初めたのが一葉の家へ出入する機会となったのであろう。その頃から私とは段々疎遠となって余り往来・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・落ちがあるということは、つまりその落ちで人生が割り切れるということであろう。一葉落ちて天下の秋を知るとは古人の言だが、一行の落ちに新吉は人生を圧縮出来ると思っていた。いや、己惚れていた。そして、迷いもしなかった。現実を見る眼と、それを書く手・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・樋口一葉 にごりえ、たけくらべ有島武郎 宣言島崎藤村 春、藤村詩集野上弥生子 真知子谷崎潤一郎 春琴抄倉田百三 愛と認識との出発、父の心配 倉田百三 「学生と生活」
・・・青い空の中へ浮上ったように広と潮が張っているその上に、風のつき抜ける日蔭のある一葉の舟が、天から落ちた大鳥の一枚の羽のようにふわりとしているのですから。 それからまた、澪釣でない釣もあるのです。それは澪で以てうまく食わなかったりなんかし・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・私はその一葉のはがきを読み、海を見に出かけた。途中、麦が一寸ほど伸びている麦畑の傍にさしかかり、突然、ぐしゃっと涙が鼻にからまって来て、それから声を放って泣いた。泣き泣き歩きながら私をわかって呉れている人も在るのだと思った。生きていてよかっ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・学校のお友達は、急に私によそよそしくなって、それまで一ばん仲の良かった安藤さんさえ、私を一葉さんだの、紫式部さまだのと意地のわるい、あざけるような口調で呼んで、ついと私から逃げて行き、それまであんなにきらっていた奈良さんや今井さんのグルウプ・・・ 太宰治 「千代女」
・・・て、深さ、さあ五百ひろはねえずらよ、とかこの子の無心の答えに打たれ、われと、それから女、凝然の恐怖、地獄の底の細き呼び声さえ、聞えて来るような心地、死ぬることさえ忘却し果てた、あの夜の寒い北風が、この一葉のハガキの隅からひょうひょう吹きすさ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・かつて君には、一葉の恋文さえ書けなかった。恥じるがいい。女体の不言実行の愛とは、何を意味するか。ああ、君のぼろを見とどけてしまった私の眼を、私自身でくじり取ろうとした痛苦の夜々を、知っているか。 人には、それぞれ天職というものが与えられ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・楊樹にさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。不恰好な低い屋根が地震でもあるかのように動揺しながら過ぎていく。ふと気がつくと、車は止まっていた。かれは首を挙げてみた。 楊樹の蔭を成しているところだ。車輛が五台ほど続いて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・というような純文芸雑誌が現われて、露伴紅葉等多数の新しい作家があたかもプレヤデスの諸星のごとく輝き、山田美妙のごとき彗星が現われて消え、一葉女史をはじめて多数の閨秀作者が秋の野の草花のように咲きそろっていた。外国文学では流行していたアーヴィ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫