・・・正岡は僕よりももっと変人で、いつも気に入らぬやつとは一語も話さない。孤峭なおもしろい男だった。どうした拍子か僕が正岡の気にいったとみえて、打ちとけて交わるようになった。上級では川上眉山、石橋思案、尾崎紅葉などがいた。紅葉はあまり学校のほうは・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・うまい言の一語も言ッて、ちッたあ可愛がッてやるのも功徳になるぜ」「止しておくんなさいよ。一人者になッたと思ッて、あんまり酷待ないで下さいよ」「一人者だと」と、西宮はわざとらしく言う。「だッて、一人者じゃアありませんか」と、吉里は・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一、私塾中は起居自由にして一物の身を束縛するなく、官途の心雲を脱却して随意に書を読み、一刻も読書に費さざるの時なく、一語も文学にわたらざるの談なし。身心流暢して苦学もまた楽しく、したがって教えしたがって学び、学業の上達すること、世人の望・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・則ち私は一仏教徒として我が同朋たるビジテリアンの仏教徒諸氏に一語を寄せたい。この世界は苦である、この世界に行わるるものにして一として苦ならざるものない、ここはこれみな矛盾である。みな罪悪である。吾等の心象中微塵ばかりも善の痕跡を発見すること・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ではあるが、この一語こそ、戦争犯罪的権力に向って、七千万人民が発する詰問としての性質をもっているのである。この「何故」は止めるに止めかねる歴史の勢をはらんで、権力が人民に強いた不幸の根源に迫るものである。何故、運輸省は今日の殺人的交通事情を・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ “Disagreeable atitude of Kozaki, Serino and Wada made me feel unhappy to stay with them so 〔一語不明〕“Chame” sweet d・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 偶然話の合間に云われた一語に執してものを云うとなれば意地わるのようでもあるが、それでも私には何だかこの若いひとの一語とそれの云われた態度とはつよい感銘であった。その人たちの帰ったあとも、自然いろいろ考えられた。 私たちの生きている・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・の文学に対する共通の問題は、一体、いかなる所にあるのであろうか。それは、文学が絶対に文字を使用しなければならぬと云う、此の犯すべからざる宿命によって、「文字の表現」の一語で良い。これは、いかなるものと雖も認めるであろう。 しかしなが・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・その主張を一語でいうと、神儒仏の三者は同一の真理を示している、一心すなわち神すなわち道、三にして一、一にして三である、ということになるであろう。 この兼良が晩年に将軍義尚のために書いた『文明一統記』や『樵談治要』などは、相当に広く流布し・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・数多くの能面をこの一語の下に特徴づけるのはいささか冒険的にも思えるが、しかし自分は能面を見る度の重なるに従ってますますこの感を深くする。能面の現わすのは自然的な生の動きを外に押し出したものとしての表情ではない。逆にかかる表情を殺すのが能面特・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫