・・・慎太郎は誰よりずっと後に、暗い梯子を下りながら、しみじみ万事休すと云う心もちを抱かずにはいられなかった。………… 五 戸沢やお絹の夫が帰ってから、和服に着換えた慎太郎は、浅川の叔母や洋一と一しょに、茶の間の長火・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・俄然汽笛の声は死黙を劈きて轟けり。万事休す! と乗客は割るるがごとくに響動きぬ。 観音丸は直江津に安着せるなり。乗客は狂喜の声を揚げて、甲板の上に躍れり。拍手は夥しく、観音丸万歳! 船長万歳! 乗合万歳! 八人の船子を備えたる艀は直・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・「そうですとも、考えがあるなら言ったがいいじゃアないか、加藤さん早く言いたまえ、中倉先生の御意に逆ろうては万事休すだ。」と満谷なる自分がオダテた。ケシかけた。「号外という題だ。号外、号外! 号外に限る、僕の生命は号外にある。僕自身が・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ もうだめだ、万事休す、遁れるに路がない。消極的の悲観が恐ろしい力でその胸を襲った。と、歩く勇気も何もなくなってしまった。とめどなく涙が流れた。神がこの世にいますなら、どうか救けてください、どうか遁路を教えてください。これからはどんな難・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫