・・・どうせ不景気な話だから、いっそ景気よく語ってやりましょう、子供のころでおぼえもなし、空想をまじえた創作で語る以上、できるだけおもしろおかしく脚色してやりましょうと、万事「下肥えの代り」に式で喋りました。当人にしかおもしろくないような子供のこ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が、これとても十分な書き方ではなく、一事が万事、大阪弁ほど文章に書きにくい言葉はないのだ。 大阪弁が一人前に、判り易く、しかも紋切型に陥らずに書ければ、もうそれだけでも大した作家で逆に言えば、相当な腕を持っている作家でなくては、大阪弁が・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・……彼はいわゆる作家風々主義で、万事がお他人任せといった顔はしているけれど、事実はそうなのだから。 私は彼から二十円という金を借りている。彼は今度の長編を地方の新聞へ書いている間、山の温泉に半年ほども引っこんでいた。そして二カ月ほど前に・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにしてあるが、この日はことに大目に見てあったからホールの騒ぎは一通りでない。例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・しかしそれだからといって、学業を怠らぬよう、眠られぬ夜がつづかぬよう、社会や、家庭の掟を破らぬよう、万事ほどよく恋愛せよというようなことを忠告する気にはなれない。生命にはその発動の機微があり、恋愛にはそれ自らのいのちがある。異性を恋して少し・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・でありますから、泡盛だとか、柳蔭などというものが喜ばれたもので、置水屋ほど大きいものではありませんが上下箱というのに茶器酒器、食器も具えられ、ちょっとした下物、そんなものも仕込まれてあるような訳です。万事がそういう調子なのですから、真に遊び・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・楠ちゃんにも列席してもらいたいとは思いますが、遠方のことでもあり、それに万事内輪にと思いますから、おまえたち兄妹の総代として鶏ちゃんに出席してもらうことにします。 とうさんがこの新しい方針を選んで進もうとするのは、いろいろ前途を熟考した・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・私は、いま、万事が、おのぞみどおりなのだからね。どこかで、お茶でも飲むか。 ――だめ。あたし、いま、はっきり、わかったわ。あなたと、あたしは、他人なのね。いいえ、むかしから他人なのよ。心の住んでいる世界が、千里も万里も、はなれていたのよ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ため、容易に要領を得ないため、万事オーケーイ式でないためであろう。そのためにドイツの映画においては、やはり一九三〇年以前の芸術と哲学をスクリーンの上に求めんとして努力しているように感ぜられる。 フランス人は頭のいい人種である。マチスを生・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫