・・・文部省の文芸審査に就て兎角の議論をする人があるが政府は万能で無いから政府の行う処必ずしも正鵠では無い。且文芸上の作品の価値は区々の秤尺に由て討議し、又選票の多寡に由て決すべきもので無いから、文芸審査の結果が意料外なるべきは初めから予察せられ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ところが日本では昔から法科万能で、実務上には学者を疎んじ読書人を軽侮し、議論をしたり文章を書いたり読書に親んだりするとさも働きのない低能者であるかのように軽蔑されあるいは敬遠される。二葉亭ばかりが志を得られなかったのではない。パデレフスキー・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・政治界でも実業界でも爺さんでなければ夜も日も明けない老人万能で、眼前の安楽や一日の苟安を貪る事無かれ主義に腰を叩いて死慾ばかり渇いている。女学校を出たてのお嬢さんが結婚よりも女の独立を主張し、五十六十のお婆さんまでが洋服を着て若い女と一緒に・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ いま、科学主義万能によって、いちじるしく、軟柔性を欠き、硬直したる社会運動に、また芸術運動に、直面して、真に思い出さるゝことは、二たび、当年のナロードの精神に帰れということではあるまいか。・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・という言葉は実に人間生活の万能語であって、人間が生れる時の「オギャアッ」という言葉も人間が断末魔に発する「ギャッ」という言葉も、すべてみな「キャッキャッ」から出た言葉であって、一人寂しく寝るという気持が砂を噛む想いだといわれているのも、「キ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・けれども僕は、断じて肉体万能論者ではない。バザロフなんて、甘いものさ。精神が、信仰が、人間の万事を決する。僕は、聖母受胎をさえ、そのまま素直に信じている。そのために、科学者としての僕が、破産したって、かまわない。僕は、純粋の人間、真正の人間・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・君の言うことは生理学万能で、どうも断定すぎるよ」 「いや、それは説明ができる。十八、九でなければそういうことはあるまいと言うけれど、それはいくらもある。先生、きっと今でもやっているに相違ない。若い時、ああいうふうで、むやみに恋愛神聖論者・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 兎のお母さんは箱から万能散を一服出してホモイに渡して、 「もじゃもじゃの鳥の子って、ひばりかい」と尋ねました。 ホモイは薬を受けとって、 「たぶんひばりでしょう。ああ頭がぐるぐるする。おっかさん、まわりが変に見えるよ」と言・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・太平洋戦争に突入する準備を強行していた日本絶対主義の軍事力は、極度に言論圧迫を行って、科学でも、文学でも、子供の歌まで侵略万能に統一した。情報局の陸海軍人が出版物統制にあたって、自分たちの書いたものを出版させて印税をむさぼりながらすべての平・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
出典:青空文庫