・・・弟も前年細君の父の遺物に贈られた、一族のことで同じ丸に三つ柏の紋のついた絽の羽織を持っているが、それはまた丈がかなり短かかった。「追而葬式の儀はいっさい簡略いたし――と葉書で通知もしてあるんだから、いっそ何もかも略式ということにしてふだ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・三里はとっくに歩いたと思っているのにいくらしてもおしまいにならなかった山道や、谿のなかに発電所が見えはじめ、しばらくすると谿の底を提灯が二つ三つ閑かな夜の挨拶を交しながらもつれて行くのが見え、私はそれがおおかた村の人が温泉へはいりにゆく灯で・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・あたったといえばそれだけであるが、それに三つの意味が含まれている。『豊吉が何をしでかすものぞ、』これがその一、『五年十年のうちには、』これがその二、『きっと帰って来る、』これがその三。 薄気味の悪い「ひげ」が黄鼠のような目を・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・この三つのものの正当なる権利の要求を、如何に全人として調和統合するかが結局倫理学の課題である。 三 文芸と倫理学 人生の悩みを持つ青年は多くその解決を求めて文芸に行く。解決は望まれぬまでも何か活きた悩みに触れてもらい・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 僕は、「三つの死」のみず/\しい、詩に、引きつけられた。「アンナ・カレニナ」「復活」などよりも、「戦争と平和」が好きだ。戦争を書いた最もいゝものは、「セバストポール」だ。「セバストポール」に書かれた戦争は、「戦争と平和」にかゝれた戦争・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・そこで趙は堪えかねて笑い出して、「何と仰あります、唐氏の定鼎は方鼎ではございませぬ、円鼎で、足は三つで、方鼎と仰あるが、それは何で」と答えた。季因是はこれを聴くと怫然として奥へ入ってしまって久しく出て来なかった。趙再思は仕方なしに俟っている・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・俺は腹が減っているようで、食ってみると然しマンジュウは三つといかなかった。それで残りをその男にやった。「髯」は見ている間に、ムシャムシャと食ってしまった。そして今度はトマトを食っている俺の口元をだまって見つめていた。俺はその男に不思議な圧迫・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・いいつとなく叛旗を翻えしみかえる限りあれも小春これも小春兄さまと呼ぶ妹の声までがあなたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点しやがて本文通り・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 私の四人の子供の中で、三郎は太郎と三つちがい、次郎とは一つちがいの兄弟にあたる。三郎は次郎のあばれ屋ともちがい、また別の意味で、よく私のほうへ突きかかって来た。何をこしらえて食わせ、何を買って来てあてがっても、この子はまだ物足りないよ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・それから、とちの実を三つ、びろうどのようなつやのある、赤いのと、ぽちぽちのついたのと、牛乳のような白い色をしたのと、その三つをやりました。そして、またこんどくるからといって、おおいそぎで走ってかえりました。女の子は、男の子があわててかけてか・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
出典:青空文庫