・・・己が肉身は、三身即一の本覚如来、煩悩業苦の三道は、法身般若外脱の三徳、娑婆世界は常寂光土にひとしい。道命は無戒の比丘じゃが、既に三観三諦即一心の醍醐味を味得した。よって、和泉式部も、道命が眼には麻耶夫人じゃ。男女の交会も万善の功徳じゃ。われ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ 天地震動、瓦落ち、石崩れ、壁落つる、血煙の裡に、一樹が我に返った時は、もう屋根の中へ屋根がめり込んだ、目の下に、その物干が挫げた三徳のごとくになって――あの辺も火は疾かった――燃え上っていたそうである。 これ――十二年九月一日・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・鎌倉に下車してから私は、女にお金を財布ぐるみ渡してしまいましたが、女は、私の豪華な三徳の中を覗いて、あら、たった一枚? と小声で呟き、私は身を切られるほど恥かしく思ったのを忘れずに居る。私は、少しめちゃめちゃになって、おれはほんとうは二十六・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・女中部屋の縁のない赤ちゃけた畳、びんつけ油のにおい、竹の行李の底から恥かしき三徳出して、一枚、二枚とくしゃくしゃの紙幣、わが目前にならべられて与えられたような気がして、夜明けと共に、電話した。思いがけぬ大金ころがりこんで、お金お返しできます・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・赤い三徳火鉢に炭団を埋めたのを足煖炉代りにして、多喜子はもって帰った尚子の仮縫いの服の仕事をしていたのであったが、暫くするとそれをやめてテーブルへ置いた。重くてつるつるとしたその絹服の感触が幸治たちの生活の感覚をひっぱっているようで、いじっ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫