・・・「はっと思って、眼がさめると、坊主はやっぱり陀羅尼三昧でございます。が、何と云っているのだか、いくら耳を澄ましても、わかりませぬ。その時、何気なく、ひょいと向うを見ると、常夜燈のぼんやりした明りで、観音様の御顔が見えました。日頃拝みなれ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ この三年間、自分は山の手の郊外に、雑木林のかげになっている書斎で、平静な読書三昧にふけっていたが、それでもなお、月に二、三度は、あの大川の水をながめにゆくことを忘れなかった。動くともなく動き、流るるともなく流れる大川の水の色は、静寂な・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・三浦は贅沢な暮しをしているといっても、同年輩の青年のように、新橋とか柳橋とか云う遊里に足を踏み入れる気色もなく、ただ、毎日この新築の書斎に閉じこもって、銀行家と云うよりは若隠居にでもふさわしそうな読書三昧に耽っていたのです。これは勿論一つに・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・と思うので、つまり精神的に人を殺して、何の報も受けないで、白日青天、嫌な者が自分の思いで死んでしまった後は、それこそ自由自在の身じゃでの、仕たい三昧、一人で勝手に栄耀をして、世を愉快く送ろうとか、好な芳之助と好いことをしようとか、怪しからん・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・そこが、野三昧の跡とも、山窩が甘い水を慕って出て来るともいう。人の灰やら、犬の骨やら、いずれ不気味なその部落を隔てた処に、幽にその松原が黒く乱れて梟が鳴いているお茶屋だった。――うぐい、鮠、鮴の類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚は、娘だか、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・釣はどうも魚を獲ろうとする三昧になりますと、上品でもなく、遊びも苦しくなるようでございます。 そんな釣は古い時分にはなくて、澪の中だとか澪がらみで釣るのを澪釣と申しました。これは海の中に自から水の流れる筋がありますから、その筋をたよって・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・そこで与一は赤沢宗益というものと相談して、この分では仕方がないから、高圧的強請的に、阿波の六郎澄元殿を取立てて家督にして終い、政元公を隠居にして魔法三昧でも何でもしてもらおう、と同盟し、与一はその主張を示して淀の城へ籠り、赤沢宗益は兵を率い・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・東京に帰って文学三昧に耽りたくてたまりません。このままだったら、いっそ死んだ方が得なような気がします。誰もぼくに生半可な関心なぞ持っていて貰いたくありません。東京の友達だって、おふくろだって貴方だってそうです。お便り下さい。それよりお会いし・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・………………………… ひとかたまりの童児、広い野はらに火三昧して遊びふけっていたずおん。春になればし、雪こ溶け、ふろいふろい雪の原のあちこちゆ、ふろ野の黄はだの色の芝生こさ青い新芽の萌えいで来るはで、おらの国のわらわ、黄はだ・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・しかし、あの時、印刷所のおかみさんと千葉県が、も少し私に優しく、そうして静かに意見してくれたら、私はふっつりと詩三昧を思い切り、まじめな印刷工にかえっていまごろはかなりの印刷所のおやじになっていたのではなかろうかと、老いの愚痴でございましょ・・・ 太宰治 「男女同権」
出典:青空文庫