・・・ 頤で杓った所には、猿階子が掛っていて、上り框からすぐ二階へ上がるようになっている。私は古草鞋や古下駄の蹈返された土間に迷々していると、上さんがまた、「お上り。」「は。」と答えた機で、私はつと下駄を脱捨てて猿階子に取着こうとする・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・つきを嗤われながら、そこで三月、やがて自由党の壮士の群れに投じて、川上音次郎、伊藤痴遊等の演説行に加わり、各地を遍歴した……と、こう言うと、体裁は良いが、本当は巡業の人足に雇われたのであって、うだつの上がる見込みは諦めた方が早かったから、半・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・一着の願書を採用するという都合らしく、よっては今夜早速に、それらの相談を極めておき、いよいよ今度の閣令が官報紙上に見えた日に、それを待ち受けていて即刻に書面を出すことにしたならば、必ず旗はこちらの手に上がるに相違ありますまい。 さような・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・『わたしは先へ帰るよ』と吉次は早々陸へ上がる後ろよりそんならわたしたちも上がる待っていてと呼びかけられ、待つはずの吉次、敵にでも追われて逃げるような心持ちになり、衣服を着るさえあわただしく、お絹お常の首のみ水より現われて白銀の波をかき分・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・月に十四、五両も上がる臼が幾個とかあって米を運ぶ車を曳く馬の六、七頭も飼ッてある。たいしたものだと梅ちゃんの母親などはしょっちゅううらやんでいるくらいで。『そんならこちらでも水車をやったらどうだろう、』と先生に似合わないことをある時まじ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・妻は座敷に上がると母は眼に角を立て睨むようにして「お前さんまで逃げないでも可いよ。人を馬鹿にしてらア。手紙なんぞ書かないから、帰ったらそう言っておくれ。この三円も不用いよ」と投げだして「最早私も決して来ないし、今蔵も来ないが可い、親とも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 彼の名声が急に揚がる一方で、彼に対する迫害の火の手も高くなった。ユダヤ人種排斥という日本人にはちょっと分らない、しかし多くのドイツ人には分りやすい原理に、幾分は別の妙な動機も加わって、一団のアインシュタイン排斥同盟のようなものが出来た・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ただ煙の上がる処に火があるというあまりあてにならない非科学的法則を頼みにして、少しばかりの材料をここに紹介する。 彼の人間に対する態度は博愛的人道的のものであるらしい。彼の犀利な眼にはおそらく人間のあらゆる偏見や痴愚が眼につき過ぎて困る・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・健康ならばどんなにでも仕事の能率の上がる時でありながら気分が悪くて仕事が思うように出来ず、また郊外へ散歩にでも行けばどんなに愉快であろうと思うが、少し町を歩いただけで胃の工合が悪くなってどうにも歩行に堪えられなくなる。歩かなくても電車や汽車・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・馬方はとうとう自分ですべって引っくりかえって白いほこりがぱっと上がる。おおぜいがどっと笑う。これが序曲である。 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫