・・・女は上半身を起し、髪を掻きあげて、「奥様は、ご立派なお方です。あたし、親兄弟の蔭口きくかた、いやです。」 美濃はのそりと起き、ベッドの上にあぐらをかいた。ひそかに苦笑している。「君は、いくつだね?」「十九歳になります。」素直にそ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・相続く故郷の不幸が、寝そべっている私の上半身を、少しずつ起してくれた。私は、故郷の家の大きさに、はにかんでいたのだ。金持の子というハンデキャップに、やけくそを起していたのだ。不当に恵まれているという、いやな恐怖感が、幼時から、私を卑屈にし、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・蒲団をはねのけて上半身を起してみると、自分の身のまわりは火の海である。「おい、起きて消せ! 消せ!」と私は妻ばかりでなく、その附近に伏している人たち皆に聞えるようにことさらに大声で叫び、かぶっていた蒲団で、周囲の火焔を片端からおさえて行・・・ 太宰治 「薄明」
・・・言いかけてふっと口を噤み、それからぐっと上半身を乗り出させて、「あなたは、あの女を、どう思いますか?」「気の毒な人だと思っています。」用意していたのではないかと思われるほど、涼しく答えた。「それだけですか? いや、ここだけの話ですけ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・すぐに彼は静かに上半身を起こして耳を澄ました。 木の葉をわたる微風のような深谷の気配が廊下に感じられた。彼はやはり静かに立ち上がると深谷の跡をつけた。 廊下に片っ方の眼だけ出すと、深谷が便所のほうへ足音もなく駆けてゆく後ろ姿が見えた・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・そのときの漫画はね、まるでバルザックみたいな上半身の横に、一つ土瓶が描いてあるのでした。私が土瓶一つからだって、見るその人の生活によって、どんなに連想の内容がちがうかということを云ったからでしょう。文学における表現の形象性と云えば、重ね引出・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 九日 ケイオーの奥田喜久三来、上半身むき出しになり、従順に深呼吸したり何かするAを見る哀れさ。矢張り異常なし。 十、十一、十二、平穏。 十三日 少しよくなってA、学校学校とさわぐ。 よくなって自分の仕事をして居られ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・ 低いどっちかと云えば鼻に掛った声で、堪らなく可笑しい時には、上半身を後の方にのばして高笑をする様子が何だか中年の男の様な感じを与えたので、私はその人の笑声がすると注意して見て、面白いなと思って居たものだ。 二十近くまで育って、頭の・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・車夫は白い肌衣一枚のもあれば、上半身全く裸らていにしているのもある。手拭で体を拭いて絞っているのを見れば、汗はざっと音を立てて地上に灑ぐ。自動車は門外の向側に停めてあって技手は襟をくつろげて扇をばたばた使っている。 玄関で二三人の客と落・・・ 森鴎外 「余興」
・・・高田が梶の右手に寝て、栖方が左手で、すぐ眠りに落ちた二人の間に挟まれた梶は、寝就きが悪く遅くまで醒めていた。上半身を裸体にした栖方は蒲団を掛けていなかった。上蒲団の一枚を四つに折って顔の上に乗せたまま、両手で抱きかかえているので、彼の寝姿は・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫