・・・、叔母は大きな声で『大丈夫、それにあの人は大酒を飲むの何のと乱暴はしないし』と受け合い、鬢の乱を、うるさそうにかきあげしその櫛は吉次の置土産、あの朝お絹お常の手に入りたるを、お常は神のお授けと喜び上等ゆえ外出行きにすると用箪笥の奥にしま・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 栗島は、憲兵上等兵の監視つきで、事務室へ閉めこまれ、二時間ほど、ボンヤリ椅子に腰かけていた。机の上には、街の女の写真が大きな眼を開けて笑っていた。上等兵は、その写真を手に取って、彼の顔を見ながら、にや/\笑った。女郎の写真を彼が大事が・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・大西という上等兵が云った。「やっぱし、あれは本当だろうかしら?」「本当だよ。×××××××××××××××××××。」 やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸太棒の真中に、あと脚を揃えて、くゝりつけ、それをかついで炊事場へ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・それからまたボラ釣なんぞというものは、ボラという魚が余り上等の魚でない、群れ魚ですから獲れる時は重たくて仕方がない、担わなくては持てないほど獲れたりなんぞする上に、これを釣る時には舟の艫の方へ出まして、そうして大きな長い板子や楫なんぞを舟の・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・すると、アンティフォンは、「それはハーモディヤスとアリストゲイトンの鋳像のが一ばん上等です。」と答えました。ディオニシアスは愕いて、忽ちその男を殺させてしまいました。ハーモディヤスとアリストゲイトンの二人は、希臘のアゼンの町の勇士で、そ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
人物甲、夫ある女優。乙、夫なき女優。婦人珈琲店の一隅。小さき鉄の卓二つ。緋天鵞絨張の長椅子一つ。椅子数箇。○甲、帽子外套の冬支度にて、手に上等の日本製の提籠を持ち入り来る。乙、半ば飲みさしたる麦酒の小瓶を前に置き、絵・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・三越では、それからかず枝は、特売場で白足袋を一足買い、嘉七は上等の外国煙草を買って、外へ出た。自動車に乗り、浅草へ行った。活動館へはいって、そこでは荒城の月という映画をやっていた。さいしょ田舎の小学校の屋根や柵が映されて、小供の唱歌が聞えて・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ 二人連れの上等兵が追い越した。 すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。 「おい、君、どうした?」 かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩いていたのが気恥ずかしかった。 「おい、君?」 再び声はかかった。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ あの襟の事を悪くは言いたくない。上等のオランダ麻で拵えた、いい襟であった。オランダと云うだけは確かには分からないが、番頭は確かにそう云った。ベルリンへ来てからは、廉いので一度に二ダズン買った。あの日の事はまだよく覚えている。朝応用美術・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・しかし、この分からない話を聞いたとき、何となく孔子の教えよりは老子の教えの方が段ちがいに上等で本当のものではないかという疑いを起したのは事実であった。富士山の上に天井があるのは嘘だろうと思ったのであった。 二十年の学校生活に暇乞をしてか・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫