・・・「私はつい四五日前、西国の海辺に上陸した、希臘の船乗りに遇いました。その男は神ではありません。ただの人間に過ぎないのです。私はその船乗と、月夜の岩の上に坐りながら、いろいろの話を聞いて来ました。目一つの神につかまった話だの、人を豕にする・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ところがちょうど三年以前、上海へ上陸すると同時に、東京から持ち越したインフルエンザのためにある病院へはいることになった。熱は病院へはいった後も容易に彼を離れなかった。彼は白い寝台の上に朦朧とした目を開いたまま、蒙古の春を運んで来る黄沙の凄じ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ こう云う鼠を狩るために鼠を一匹捉えたものには一日の上陸を許すと云う副長の命令の下ったのは碇泊後三日にならない頃だった。勿論水兵や機関兵はこの命令の下った時から熱心に鼠狩りにとりかかった。鼠は彼等の力のために見る見る数を減らして行った。・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・――夫がマルセイユに上陸中、何人かの同僚と一しょに、あるカッフェへ行っていると、突然日本人の赤帽が一人、卓子の側へ歩み寄って、馴々しく近状を尋ねかけた。勿論マルセイユの往来に、日本人の赤帽なぞが、徘徊しているべき理窟はない。が、夫はどう云う・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・「それで、僕等の後備歩兵第○聨隊が、高須大佐に導かれて金州半島に上陸すると、直ぐ鳳凰山を目がけて急行した。その第五中隊第一小隊に、僕は伍長として、大石軍曹と共に、属しておったんや。進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ ある年の初夏のころ、彼は、ついに海を渡って、あちらにあった大島に上陸しました。 そこには、いまいろいろの花が、盛りと咲いていました。 彼はその島の町や、村でやはり薬の箱を負って、バイオリンを鳴らして、毎日のように歩いたのです。・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・の戦で想い出した、多分太沽沖にあるわが軍艦内にも同じような事があるだろうと思うからお話しすると、横須賀なるある海軍中佐の語るには、 わが艦隊が明治二十七年の天長節を祝したのは、あたかも陸兵の華園口上陸を保護するため、ベカ島の陰に集合して・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・しかし人々が上陸の用意をするようだから、目をこすりこすり起きて見るとすぐ僕の目についたのは鎌のような月であった。 船は陸とも島ともわからない山の根近く来て帆を下ろしていた。陸の方では燈火一つ見えないで、磯をたたく波の音がするばかり、暗く・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 内地を出発して、ウラジオストックへ着き、上陸した。その時から、既に危険は皆の身に迫っていたのであった。 機関車は薪を焚いていた。 彼等は四百里ほど奥へ乗りこんで行った。時々列車からおりて、鉄砲で打ち合いをやった。そして、また列・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・彼は、愛国心に満ちた士官の持つ、それと同じ心臓で、運送船で敵地に送られた陸兵の上陸や、大連湾の攻撃や、威海衛の偵察、旅順攻撃、戦争中の軍艦に於ける生活、威海衛の大攻撃等を見、聞き、感じて、それを報告している。しかも、一新聞記者の無味乾燥な報・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫