・・・そういう絵はむしろ小形の下絵を陳列した方がいいかもしれない。私はある種の装飾的の絵は実際そうした方が審査員にも作家にもまた観賞者にも双方便宜ではないかと考えている。 このような色々の考えを人に話した時に、私は何でも新しいもの変ったもので・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・そしてその描いている時の様子の真剣なのに驚かされた。下絵を描いている時など、まるで剣術の試合でも見るような感じがあった。だんだん仕上げにかかっては、その微細な観察とデリケートな絵具の使い方に驚かされた。吾々の方で非常に精密な器械の調節でもし・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・其の刺繍は極く初心の中は、下絵を描いてするようでありますが、だんだん上手になると、模様も下絵なしに自分の頭脳で作りながら縫って行きます、こんな風ですから、その模様が一つ一つ変っていて面白うございます。アイヌの模様を研究してみたら、よほど興味・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
・・・ ○天井の竹竿には、下絵をつけた亀の子の絵が幾枚もかさねてかけてある。 ○大きな机には赤く古ぼけた毛氈がしいてある。竹の筆づつには、ほしかたまったのや、穂の抜けたのや沢山の絵筆がささって居る。 ○弘法様が信心なそうな。・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ さっきから、あっちの小高い亭にも、鳥打帽をかぶった若者が頻りに楽焼の下絵を描いている。たった一人で、前に木版ずりの粉本を置き、余念ない姿だ。亭のまわりの尾花がくれにそれが見える。 写生の日傘と、東屋との間の道を、百花園と染抜い・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・こないだ注文してやった筆立の形も思う通りに出来るかと思って不安心だし、下絵の出来て居る絵の色の工夫も気にかかる。「第一うちに女竹がないからいけないんだ。黒猫ばっかりもらったって何にもなりゃしない」一人ごとを云って壁紙に女竹と黒猫を書いた下絵・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ 下絵などというものはどこにもないのに、お婆さんの繍ったものは、皆ほんとに生きているようでした。彼女の繍った小鳥なら吹く朝風にさっと舞い立って、瑠璃色の翼で野原を翔けそうです。彼女の繍った草ならば、布の上でも静かに育って、秋には赤い実で・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
出典:青空文庫