・・・ 行一も水道や瓦斯のない不便さに身重の妻を痛ましく思っていた矢先で、市内に家を捜し始めた。「大家さんが交番へ行ってくださったら、俺の管轄内に事故のあったことがないって。いつでもそんなことを言って、巡回しないらしいのよ」 大家の主・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られていることは不便なことだ。そのためにレディとの交際が出来難く、触れ合う女性は喫茶ガールや、ダンサーや、すべて水稼業に近い雰囲気のものになるというこ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「道善御房は師匠にておはしまししかども、法華経の故に地頭を恐れ給ひて、心中には不便とおぼしつらめども、外はかたきのやうににくみ給ひぬ――本尊問答抄」 清澄山を追われた日蓮は、まず報恩の初めと、父母を法華経に帰せしめて、父を妙・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・慣れてみれば、よくそれでも不便とも思わずに暮らして来たようなものだ。離れて行こうとするに惜しいほどの周囲でもなかった。 実に些細なことから、私は今の家を住み憂く思うようになったのであるが、その底には、何かしら自分でも動かずにいられない心・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・私も、外国生活の不便はかねて覚悟して行ったようなものの、旅費のことなぞでそう不自由はしないつもりであった。時には前途の思いに胸がふさがって、さびしさのあまり寝るよりほかの分別もなかったことを覚えている。 過去を振り返って見ると、今の私が・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・私は、並より少し背が低いほうなので、こういう場合でも、なにかと不便な思いをする。私と同じくらいの背丈の人間が、これはおかしな言いかたであるが日本にひとりしかいない。それは、私の訪問客ではなく、つねに私のふしだらの、真実の唯一の忠告者であるの・・・ 太宰治 「花燭」
・・・それもなんら思想上のものではなしに、単に生活上の不便からです。京城にいるとか会社員をしている事は、いままで、なんら、悪条件と感じませんでしたが、こんどの事件があってからは、急にイヤになったのです。今日でも会社にでると殆んど、もう自分の時間が・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・男は立って代わってやりたいとは思わぬではないが、そうするとその白い腕が見られぬばかりではなく、上から見おろすのは、いかにも不便なので、そのまま席を立とうともしなかった。 こみ合った電車の中の美しい娘、これほどかれに趣味深くうれしく感ぜら・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・やはり便利のようで不便なのが現在の世の中である。 楽々園で車を降りて入場しようとすると、向うから来る酔っぱらいの二人連れが何かしら不機嫌でいきなり出入口のターンパイクを引っこ抜いて投げ出して行った。園内の芝生は割合に気持のいいところであ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 動物でも、なんとなしに不格好に見えるのはやはり現在の地球上に支配する環境の中で生活するのに不便なようにできているのではないかと思われてくる。犀などがだんだんに人間に狩り尽くされて絶滅しかけているという事実はたしかに彼らが現世界に生存す・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫