・・・死にはしなかったが生れもつかぬ不具になってしまいました。男もこれほど女の赤心が眼の前へ証拠立てられる以上、普通の軽薄な売女同様の観をなして、女の貞節を今まで疑っていたのを後悔したものと見えて、再びもとの夫婦に立ち帰って、病妻の看護に身を委ね・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・こういうように人間が千筋も万筋もある職業線の上のただ一線しか往来しないで済むようになり、また他の線へ移る余裕がなくなるのはつまり吾人の社会的知識が狭く細く切りつめられるので、あたかも自ら好んで不具になると同じ結果だから、大きく云えば現代の文・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・子供に病身なる者あり、不具なる者あり。家内に病人あり、災難あり。いずれも皆、子供の教育に差支たるべきものなり。されどもこれらは非常別段のこととして、ここにその差支のもっともはなはだしく、もっとも広きものあり。すなわち他にあらず、身代の貧乏、・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・子供の心身の暗弱四肢耳目の不具は申すまでもなく、一本の歯一点の黶にも心を悩まして日夜片時も忘るゝを得ず。俗に言う子供の馬鹿ほど可愛く片輪ほど憐れなりとは、親の心の真面目を写したるものにして、其心は即ち子供の平等一様に幸福ならんことを念ずるの・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・心の人にしかざるは、身体の不具なるよりも劣るものなるに、ひとりその身体の病を患て心の病を患えざるは何ぞや。婦人の仁というべきか、あるいは畜類の愛と名づくるも可なり。 人の心の同じからざる、その面の相異なるが如し。世の開るにしたがい、不善・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・されどこれ畢竟不具である畸形である、食物のみ厳格なるも釈迦の制定したる他の律法に一も従っていない。特にビジテリアン諸氏よくこれを銘記せよ。釈迦はその晩年、その思想いよいよ円熟するに従て全く菜食主義者ではなかったようである。見よ、釈迦は最後に・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・それがどんなに傷つき不具となっていようとも其故にこそ、ひとしお懐しい生れ故郷である日本を見離しがたく思っている。 その心持を誠意のこもった現実の力として表現しようとするとき私たちは、一つの救国運動として故国に対する人民の愛と必要に立つ統・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・そして、明治維新という不具なブルジョア革命は、事実ヨーロッパにおけるように市民による革命ではなくて、下級武士とその領主たちが、一部にふるいものをひきずったままでの近代資本主義社会への移行であった。明治維新の誰でも知っているこういう特質は、「・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・三十余万の寡婦と十余万の戦傷不具者の苦しみと孤児の人生は、彼らのところにはない。とくに日本では、あれらの人々の生活は、わたしたちにみえないところにある力によってかばわれるだろう。すでにその一つのきざしはあらわれている。作家の石川達三が、侵略・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・戦争のもたらした残酷な不具癈疾、神経及び精神の錯乱、女子及び青年の道徳的頽廃、――これらの恐ろしかるべき現象も、ただ空間の距たりのゆえに我々にはほとんど響いて来ない。 しかしこの直接印象の希薄は、想像力の集中と、省察の緊張とによって、あ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫