・・・しかし、日本へ来ている西洋人が夏は好んで浴衣を着たり、ワイシャツ一つで軽井沢の町を歩いたりすることだけを考えても、和服が決して不合理なものばかりでないということの証拠がほかにもいろいろ捜せば見つかりそうに思われる。しかしおかしい事には日本の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・それだから作物の価値には内容の科学的不合理は大した影響を及ぼさない。しからばその価値は何によって規定さるるかと云えば、それは作者の能知が前に云った普遍絶対の原型に近似する程度にあると云われる。換言すればその詩を味わう読者各自の能知に内在する・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・という自己流の定義が正しいと仮定すると、日本における上述の気候学的地理学的条件は、まさにかくのごとき週期的変化の生成に最もふさわしいものだといってもたいした不合理な空想ではあるまいかと思うのである。 同じことはいろいろな他の気候的感覚に・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 何もそこに笑うべき正当の対象のないのに笑うというのが不合理な事であり、医者に対して失礼はもちろんはなはだ恥ずべき事だという事は子供の私にもよくわかっていた。そばにすわっている両親の手前も気の毒千万であった。それでなるべく我慢しようと思・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・「それでその、もしも塩素が赤い色のものならば、これは最も明らかな不合理である。黄色でなくてはならん。して見ると黄色という事はずいぶん大切なもんだ。黄という字はこう書くのだ。」 先生は黒板を向いて、両手や鼻や口や肱やカラアや髪の毛やな・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 勿論、そのためには、現在の諸状態が如何程不合理なものであるかも解っている積りです。けれども私は、或る状態の裡に全く偶然な機会によって出生した一人間が、自己の道をつける為、どんな努力をするか、失敗するか、終局に於いて成し遂げ得たかと云う・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・そして、この、どちらにしても不合理な二つの現象は、めいめいの都合による、私ごとと思われて来たのでした。 ところが、戦争の結果、日本の大多数の人々は食糧の欠乏にみまわれることになりました。今日、あらわな慢性の飢餓の状態に立ち到るまでに・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・あの時、自分には、其那ことが如何にも詰らない、不合理なことに思えたのだ。直接の原因は、太陽に書いた小説が母上の感情を害したと云えるかもしれないが、左様な決心を彼女にさせたものは、単に彼の小説一つ位のものではない。Aが気に入らないのだ。気に入・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・ よりよく生きたいという人間本来の念願を私たちのものとして生活の中に実現してゆくためには、目前の不合理そして又自分たちの非条理で失望し引き下ってしまわないだけの、大きくつよい息が必要である。〔一九四一年十一月〕・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
・・・女子の社会勤労が1/3と価づけられているのも不合理であるが、三十歳以下の勤労青年が、最低賃銀のきまりさえも与えられず、女子と共に、雇主にとってごくやすくてすむ労働力として公然と示されていることについて、若い人々は、どう感じているであろうか。・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
出典:青空文庫