・・・男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこのほかにも、いろいろ内幕の不品行を素っぱぬいて聞かせましたが、中で・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかし、私の発狂の原因を、私の妻の不品行にあるとするに至っては、好んで私を侮辱したものと思われます。私は、最近にその友人への絶交状を送りました。 私は、事実を記すのに忙しい余り、その時の妻が、妻の二重人格にすぎない事を証明致さなかったよ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・が、爰に一つ註釈を加えねばならないのは元来江戸のいわゆる通人間には情事を風流とする伝襲があったので、江戸の通人の女遊びは一概に不品行呼ばわりする事は出来ない。このデカダン興味は江戸の文化の爛熟が産んだので、江戸時代の買妓や蓄妾は必ずしも淫蕩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・今なら女優を想わしめるジャラクラした沼南夫人が長い留守中の孤独に堪えられなかったというは、さもありそうな気もするが、マサカに世間で評判するようなソンナ不品行もあるまいと、U氏の島田のワイフの咄というのが何とも計りかねてU氏の口の開くのを待っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・兵卒で、取調べを受ける場合に立つと、それが如何にも軽蔑さるべき、けがらわしいことのように取扱われた。不品行を誇張された。三等症のように見下げられた。ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、「この写真を・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 母は兄の前では一言の文句もよく言わずに、かげで息子の不品行を責めた。僕は、「早よ、ほかで嫁を貰うてやらんせんにゃ。」 母と、母の姉にあたる伯母が来あわしている椽側で云った。「われも、子供のくせに、猪口才げなことを云うじゃな・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・おげんが年若な伜の利発さに望みをかけ、温順しいお新の成長をも楽みにして、あの二人の子によって旦那の不品行を忘れよう忘れようとつとめるように成ったのも、あの再度の家出をあきらめた頃からであった。 そこまで思いつづけて行くと、おげんは独りで・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・青山原宿あたりの見掛けばかり門構えの立派な貸家の二階で、勧工場式の椅子テーブルの小道具よろしく、女子大学出身の細君が鼠色になったパクパクな足袋をはいて、夫の不品行を責め罵るなぞはちょっと輸入的ノラらしくて面白いかも知れぬが、しかし見た処の外・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・夫婦家を同うして夫の不品行なるは、取りも直さず妻を虐待するものなり。偕老を契約したる妻が之を争うは正当防禦にこそあれ。或は誤て争う可らざるを争うこともあらん。之を称して悋気深しと言うか。尚お是れにても直に離縁の理由とするに足らず。第五癩病の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 女子が如何に教育せられて如何に書を読み如何に博学多才なるも、其気品高からずして仮初にも鄙陋不品行の風あらんには、淑女の本領は既に消滅したりと言う可し。我輩が茲に鄙陋不品行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫