・・・が、彼はそれらの不忠の侍をも、憐みこそすれ、憎いとは思っていない。人情の向背も、世故の転変も、つぶさに味って来た彼の眼から見れば、彼等の変心の多くは、自然すぎるほど自然であった。もし真率と云う語が許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「だって、天子さまより先に飲むのは不忠と思ったかもしれないさ。」と甲がいいました。 三人は、かしの木の下に腰を下ろして、西南の国境にある金峰仙の方を見ながら、まだあの高い山の嶺には不死の泉があるだろうかというようなことを話して空・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・忠義立として謀叛人十二名を殺した閣臣こそ真に不忠不義の臣で、不臣の罪で殺された十二名はかえって死を以て我皇室に前途を警告し奉った真忠臣となってしもうた。忠君忠義――忠義顔する者は夥しいが、進退伺を出して恐懼恐懼と米つきばったの真似をする者は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・すなわち忠であり孝であり貞であると共に、不忠でもあり不孝でも不貞でもあると云う事であります。こう言葉に現わして云うと何だか非常に悪くなりますが、いかに至徳の人でもどこかしらに悪いところがあるように、人も解釈し自分でも認めつつあるのは疑もない・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田彦右衛門の挙動を悦ばず、不忠不義者、世の見懲しにせよとて、これを・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ところへ外からおとずれたのは居残っていた懶惰者、不忠者の下男だ。「誰やらん見知らぬ武士が、ただ一人従者をもつれず、この家に申すことあるとて来ておじゃる。いかに呼び入れ候うか」「武士とや。打揃は」「道服に一腰ざし。むくつけい暴男で・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・しかし聖勅に違背するような不忠な政治家を誰が作ったであろうか。たといそういう政治家が官僚の中から出たとしても、すでに議会が開けた以上は、代議士さえ聖旨にかなうような人であれば、そういう違勅の政治家を駆逐することができたはずである。しかるに同・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫