・・・挙動を傍観すれば、父母の行う所、子供の目には左までの醜と見えず、娘時代に既に斯の如くにして、此娘が他に嫁したる処にて其夫が又もや不身持乱暴狼藉とあれば、恰も醜界を出でゝ醜界に入るの姿にして、本人の天性不思議に堅固なるものに非ざれば間違いの生・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・で、其女の大口開いてアハハハハと笑うような態度が、実に不思議な一種の引力を起させる。あながち惚れたという訳でも無い。が、何だか自分に欠乏してる生命の泉というものが、彼女には沸々と湧いてる様な感じがする。そこはまア、自然かも知れんね――日蔭の・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・この家なら、そっくりこのままイソダンに立っていたって、なんの不思議もあるまい。町に面した住いは低く出来ていて、入口の左右に小さい店がある。入口から這入る所は狭いベトンの道になっていて、それが綺麗に掃除してある。奥の正面に引っ込んだ住いがある・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・羊の足の神、羽根のある獣、不思議な鳥、または黄金色の堆高い果物。この種々な物を彫刻家が刻んだ時は、この種々な物が作者の生々した心持の中から生れて来て、譬えば海から上った魚が網に包まれるように、芸術の形式に包まれた物であろう。己はお前達の美に・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・と詠み、見もせぬに遠き名所を詠み、しこうして自然の美のおのが鼻の尖にぶらさがりたるをも知らぬ貫之以下の歌よみが、何百年の間、数限りもなくはびこりたる中に、突然として曙覧の出でたるはむしろ不思議の感なきに非ず。彼は何に縁りてここに悟るところあ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・それからじつに不思議な表情をして笑った。(青金で誰か申し上げたのはうちのことですが、何分汚ないし、いろいろ失礼 老人はわずかに腰をまげて道と並行にそのまま谷をさがった。五、六歩行くとそこにすぐ小さな柾屋があった。みちから一間ばか・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・氏が、尾崎、榊山氏のルポルタージュに自己感傷の過度を批難しながら、林房雄氏のレトリックに触れないことは読者にとっては不思議のようである。「太陽のない街」を実例として、ルポルタージュと記録小説との、芸術化の時間的過程の相異を明らかにしようとし・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・人々が不思議がって見ているうちに、二羽が尾と嘴と触れるようにあとさきに続いて、さっと落して来て、桜の下の井の中にはいった。寺の門前でしばらく何かを言い争っていた五六人の中から、二人の男が駈け出して、井の端に来て、石の井筒に手をかけて中をのぞ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ところで何を打ち明けるにも、微かな溜息とか、詞のちょいとした不思議な調子とか云うものしか持ち合せない女が、まだ八分通りしか迷っていなかったのでございますからね。男。そうですか。ああ。そうでしたか。わたくしは馬鹿ですなあ。貴夫人。そこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・の噂があるので血気盛りの三郎は家へ引き籠もって軍の話を素聞きにしていられず、舅の民部も南朝へは心を傾けていることゆえ、難なく相談が整ってそれから二人は一途に義興の手に加わろうとて出立し、ついに武蔵野で不思議な危難に遇ったのだ。その危難にあっ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫