・・・二 モオパッサンの短篇小説 Les Surs Rondoli(ロンドリ姉妹の初めに旅行の不愉快な事が書いてある。「……転地ほど無益なものはない。汽車で明す夜といえば動揺する睡眠に身体も頭も散々な目に逢う。動いて行く箱・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・と洒落て見たが心の中は何となく不愉快であった。時計を出して見ると十一時に近い。これは大変。うちではさぞ婆さんが犬の遠吠を苦にしているだろうと思うと、一刻も早く帰りたくなる。「いずれその内婆さんに近づきになりに行くよ」と云う津田君に「御馳走を・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・畢竟人の罪に非ず、習慣の然らしむる所にして、新旧夫婦共に自から不愉快と知りながら、近く相接して自から苦しむ。居家法の最も拙なるものと言う可し。一 新夫婦は家の事情の許す限り老夫婦と同居せざるものとして、扨その新婦人が舅姑に接するの法を如・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ああ、悲の翼は己の体に触れたのに、己の不性なために悲の代に詰まらぬ不愉快が出来たのだ。もう暗くなった。己はまた詰まらなくくよくよと物案じをし出したな。ほんにほんに人の世には種々な物事が出来て来て、譬えば変った子供が生れるような物であるのに、・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・この際余は口の内に一種の不愉快を感ずると共に、喉が渇いて全く潤いのない事を感じたから、用意のために枕許の盆に載せてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持がした。かくてようように眠りがはっきりと覚めた・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・それとて、私も、又トルコから来たその六人の信者たちも、ビジテリアンをやめようとか、全く向うの主張に賛成だとかいうのでもなく、ただ何となくこの大祭のはじまりに、けちをつけられたのが不愉快だったのであります。余興として笑ってしまうには、あんまり・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 彼の人々は、至上に自己を愛しながら自らの心を痛め、苦痛、不愉快を日一日と加えて行くではないか。真から一歩一歩遠ざかるが故に煩悶はますのである。 思いがけぬ醜い仮面の陰に箇人主義の真心は歎いて居る。 自己完成に思い至らぬ人の心を・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ 烟草休には誰も不愉快な事をしたくはない。応募脚本なんぞには、面白いと思って読むようなものは、十読んで一つもあるかないかである。 それを読もうと受け合ったのは、頼まれて不精々々に受け合ったのである。 木村は日出新聞の三面で、度々・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・が、事実は秋三や母のお霜がしたように、病人の乞食を食客に置く間の様々な不愉快さと、経費とを一瞬の間に計算した。 お霜は麦粉に茶を混ぜて安次に出した。「飯はちょっともないのやわ、こんなもんでも好けりゃ食べやいせ。」「そうかな、大き・・・ 横光利一 「南北」
・・・私はその人の人格に同感すればするほど不愉快を感じます。そうしてその苦悩に同情するよりもその無知と卑劣が腹立たしくなります。――で、私は友人と二人でヒドイ言葉を使って彼を罵りました。私の妻は初めから黙って側で編物をしていました。やがて私はだん・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫