・・・その目にはまた前にあった、不敵な赫きも宿っている。「それは打ち果さずには置かれませぬ。三右衛門は御家来ではございまする。とは云えまた侍でもございまする。数馬を気の毒に思いましても、狼藉者は気の毒には思いませぬ。」・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
豪放かつ不逞な棋風と、不死身にしてかつあくまで不敵な面だましいを日頃もっていた神田八段であったが、こんどの名人位挑戦試合では、折柄大患後の衰弱はげしく、紙のように蒼白な顔色で、薬瓶を携えて盤にのぞむといった状態では、すでに・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・男みたいに不敵に笑った。「あなたがたのお家じゃないんですね。それじゃ、畑をお売りになっちゃったというわけですね。」「ええ、そういうわけです。売っちまったというわけですよ。」「この辺は、坪いくらしましょう。相当いい値でしょうね。」・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ドアをぴたとしめて、青年の顔をちらと見て、不敵に笑い、「うまい! 落ちついていやがる。あいつは、まだまだ、大物になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな。」「あなたは、毎日、見に来ているの?」「そうさ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越えて敵の大軍中に跳び降りた。 丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲しく憂鬱な姿をしながら、地面に趺坐して閑雅な支那の賭博をしていた。しがない日傭人の兵隊たちは、戦争よりも飢餓を恐れて、獣の・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ だが、あの不敵な少年は、全で解らなかった。(あいつは、二つのメリケン袋の中に足を突っ込んでいた。輪になった帯の間から根性に似合わない優しい顔が眠っていた。何を考えているんだか、あの眼の光は俺には解らなかった。旦那衆のように冷たくは・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・私が女学校の二年か三年で、英語のすこし長い文章がよめるようになった時、不敵にも教科書の英語でない、何かなかみも面白い英語の本がよみたくなりました。父のところには、とにかくそういう英語で、しかも絵入りのがあるので、何か欲しいとせがんだら一冊の・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・特に一八三一年、派手で鳴らしたカストリィ公爵夫人と激しい恋に陥ってからの波瀾多い五年間、バルザックの大胆不敵なやりくり生活は、兄を信頼しきっている妹をも恐怖させる程度に達した模様である。 出版書肆からの手形の書きかえでやっとやりくってい・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・「又々大胆不敵なる強盗現る」こんなのもある。列になって失業者が立っている。「失業者相談掛」札の下った机の前だ。ひしゃげた山高帽の失業者がだぶだぶズボンに片手を突込んだなりその机に肱をついて ――ねえ、旦那。あっしゃもうこれで一年以上お情・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫