・・・ 洋一は不服そうに呟きながら、すぐに茶の間を出て行った。おとなしい美津に負け嫌いの松の悪口を聞かせるのが、彼には何となく愉快なような心もちも働いていたのだった。 店の電話に向って見ると、さきは一しょに中学を出た、田村と云う薬屋の息子・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・』と、至極冷淡な返事をしますと、彼は不服そうに首を振って、『それは彼等の主張は間違っていたかもしれない。しかし彼等がその主張に殉じた態度は、同情以上に価すると思う。』と、云うのです。そこで私がもう一度、『じゃ君は彼等のように、明治の世の中を・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこが一部の世間には物足りないらしいが、それは不服を言う方が間違っている。菊池の小説は大味であっても、小説としてちゃんと出来上っている。細かい味以外に何もない作品よりどの位ましだか分らないと思う。 菊池はそういう勇敢な生き方をしている人・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・青年はまだ不服そうに、「じゃ電車賃だけ下さい。五十銭貰えば好いんです」などと、さもしいことを並べていた。が、その手も利かないのを見ると、手荒に玄関の格子戸をしめ、やっと門外に退散した。自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・が、いくら努めてみても、どこか不服な表情が、我知らず外へ出たのでしょう。王氏はしばらくたってから、心配そうに私へ声をかけました。「どうです?」 私は言下に答えました。「神品です。なるほどこれでは煙客先生が、驚倒されたのも不思議は・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ すると権助は不服そうに、千草の股引の膝をすすめながら、こんな理窟を云い出しました。「それはちと話が違うでしょう。御前さんの店の暖簾には、何と書いてあると御思いなさる? 万口入れ所と書いてあるじゃありませんか? 万と云うからは何事で・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬は吠えたけりながら、いきなり猿を噛み殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿は蟹の仇打ち・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・それに、不服があるなら、今すぐ警察へ突き出す。」 急に与助は、おど/\しだした。「いゝえ、もう積金も何もえいせに、その警察へ何するんだけは怺えておくんなされ!」「いや、怺えることはならん!」「いゝえ、どうぞ、その、警察へ何す・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・それは彼ばかりではなかった、彼と同じ不服と反抗を抱いている兵卒は多かった。彼等は、ある時は、逃げて行くパルチザンを撃たずに銃先を空に向けた。またある時は、雪の上にへたばって「進め」に応じなかった。またある時は、癪に障る中尉に銃剣をさし向けた・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 僕は、猪口才げなと云われたのが不服でならなかった。 伯母の夫は、足駄をはいて、両手に一俵ずつ四斗俵を鷲掴みにさげて歩いたり、肩の上へ同時に三俵の米俵をのっけて、河にかけられた細い、ひわ/\する板橋を渡ったりする力持ちだった。その伯・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫