・・・ この日の薄暮ごろに奈々子の身には不測の禍があった。そうして父は奈々子がこの世を去る数時間以前奈々子に別れてしまった。しかも奈々子も父も家におって……。いつもならば、家におればわずかの間見えなくとも、必ず子どもはどうしたと尋ねるのが常で・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・例えば先祖から持ち伝えた山を拓いて新らしい果樹園を造ろうとしたようなもので、その策は必ずしも無謀浅慮ではなかったが、ただ短兵急に功を急いで一時に根こそぎ老木を伐採したために不測の洪水を汎濫し、八方からの非難攻撃に包囲されて竟にアタラ九仭の功・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ しかし、天恩洪大で、かえって芸術の奥には幽眇不測なものがあることをご諒知下された。正直な若崎はその後しばしば大なるご用命を蒙り、その道における名誉を馳するを得た。 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・それで上に残った者は狂人の如く興奮し、死人の如く絶望し、手足も動かせぬようになったけれども、さてあるべきではありませぬから、自分たちも今度は滑って死ぬばかりか、不測の運命に臨んでいる身と思いながら段下りてまいりまして、そうして漸く午後の六時・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・のこもったいたわり、饒舌でない思いやり、骨惜しみない扶け合い、そういうものが新しい結婚や家庭の生活にますますゆたかにされなければならず、そういう潤沢なあふれる心は、つまり今日の波濤の間で私たちの明日が不測であるからこそ、今日を精一杯によりよ・・・ 宮本百合子 「家庭創造の情熱」
出典:青空文庫