・・・その後にマロニックの「不漁」を見た時もやはり暗い切実な感じを覚えなかった。が今、この工場の中に立って、あの煙を見、あの火を見、そうしてあの響きをきくと、労働者の真生活というような悲壮な思いがおさえがたいまでに起ってくる。彼らの銅のような筋肉・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・ 河岸は不漁で、香のある鯛なんざ、廓までは廻らぬから、次第々々に隙にはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀は取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず、裏は天地で間に合っても、裲襠の色は変えねばならず、茶は切れ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ところが生憎不漁で休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨の中を遥々車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返って頻に愚痴ったので、帳場の主人が気の毒がって、「暫らくお待ち下さいまし」と奥へ相談に行き、「折角ですから一尾でお宜しければ……」といっ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 今日は不漁で代物が少なかったためか、店はもう小魚一匹残らず奇麗に片づいて、浅葱の鯉口を着た若衆はセッセと盤台を洗っていると、小僧は爼板の上の刺身の屑をペロペロ摘みながら、竹箒の短いので板の間を掃除している。 若衆は盤台を一枚洗い揚・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・にゆとりのないことと、時間がないことが農村の女の向上を阻んでいるのだが、漁家の女が何とはなしその日暮しの生活の習慣に押しながされている傾きのつよいのは、漁家の生計の基礎が安定していなくて、一日一日が漁不漁に支配され、或るときは大漁と思えば次・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
出典:青空文庫