・・・ 娘は不精無精に立った。「お気の毒さま、これ丈け下さいな、」とお富は白銅一個を娘に渡すと、娘は麺包を古新聞に包んで戸の間から出した。「源ちゃんにあげて下さいな、今夜焼きたてが食べさせたいことねエ、そら熱いですよ。」とお秀に渡す。・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精髯のばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか? そう言うお巡りのことばには、強い故郷の訛があ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・小生は不精だから、人の事に就いて自動的には働かないが、言いつけられた限りの事は、やってもよい。末筆ながら、おからだを大事にして、阿片などには見向きもせぬように、とまたしても要らざる忠告を一言つけ加えた。私のその時の手紙が、大隅君の気にいらな・・・ 太宰治 「佳日」
・・・先日、君の短篇集とお手紙をもらって、お礼のおくれたのは自分の気不精からでもありましたが、自分は誰かれの差別なくお礼やら返事やらを書いているわけにも行きません。恩を着せるようにとられても厭ですが、自分は君の短篇集をちょっと覗いてみて、安心して・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知っているような顔をして取扱って、それと知っているものとの関係式を書く。そこからこのXを定めるという方法だ」と云って聞かせた。この・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかしパイプ道楽は自分のような不精者には不向きである。結局世話のかからない「朝日」が一番である。 煙草の一番うまいのはやはり仕事に手をとられてみっしり働いて草臥れたあとの一服であろう。また仕事の合間の暇を盗んでの一服もそうである。学生時・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・かつて筆者が不精で顋鬚を剃るのを怠っているのを見付けた時「あごひげなんか延ばして大家になっちゃ駄目だぞ」と云った事を記憶する。この辛辣にして愉快なる三十棒の響きは今にして筆者の耳に新たなるものがある。ちなみに君は生涯髭を蓄えず頭も五分刈であ・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・その上には鉛色の空が一面に胃病やみのように不精無精に垂れかかっているのみである。余は首を縮めて窓より中へ引き込めた。案内者はまだ何年何月何日の続きを朗らかに読誦している。 カーライルまた云う倫敦の方を見れば眼に入るものはウェストミンスタ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・その上には鉛色の空が一面に胃病やみのように不精無精に垂れかかっているのみである。余は首を縮めて窓より中へ引き込めた。案内者はまだ何年何月何日の続きを朗らかに読誦している。 カーライルまた云う倫敦の方を見れば眼に入るものはウェストミンスタ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・尤も持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精な余は印気がなくなると、勝手次第に机の上にある何んな印気でも構わずにペリカンの腹の中へ注ぎ込んだ。又ブリュー・ブラックの性来嫌な余は、わざわざセピヤ色の墨を買って来て、遠慮なく・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
出典:青空文庫