・・・しかし今度こそはと思いながら、無精な私はいつも奮発できなかった。その中、同君の逝去せられたのを聞いて残念に堪えない。新聞によれば、何千人かの会葬者があったらしい。同君は何処かにえらい所があったのだと思う。 右のような訳で、高校時代には、・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・「おい兄貴、一吠えしようか。」と斯う云った。兄貴はわらう、「一吠えってもう何十万年を、きさまはぐうぐう寝ていたのだ。それでもいくらかまだ力が残っているのか」無精な弟は只一言「ない」と答えた。そして又長い顎をう・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・例えば、生れつき流眄を使う浮薄な、美しい上流の令嬢であるミンナ。無精で呑気で仇気ない愛嬌があって、嫋やかな背中つきで、恋心に恍惚しながら、クリストフと自分との部屋の境の扉を一旦締めたらもう再び開ける勇気のなかったザビーネ。白く美しい強壮な獣・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ どうも、変だと云って□(の反応をしらべた医師の報告は一更おびえさせて、無智から無精に病をこわがる女中共は、台所にたったまま泣いたりし始めた。 当人には云わずに居た事だけれども、種々の様子からいつとはなし悟ったと見えて、 僕・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・例によって筆不精ですからね。五日に退院し、まだ家にブラブラしている。国府津へでも行こうかなど云っている。盲腸は普通の三倍の大さがあった由。又、とったあとから生えるかもしれぬ由。そういう体質があるのですって。咲枝は疲れが出て、背中をいたがり、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ それを読もうと受け合ったのは、頼まれて不精々々に受け合ったのである。 木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている。いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・新調させた礼服を著て、不精らしい顔をせずに、それを済ませた。「西洋のお正月はどんなだったえ」とお母あ様が問うと、秀麿は愛想好く笑う。「一向駄目ですね。学生は料理屋へ大晦日の晩から行っていまして、ボオレと云って、シャンパンに葡萄酒に砂糖に炭酸・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 不精らしく歩いて行く馬の蹄の音と、小石に触れて鈍く軋る車輪の響とが、単調に聞える。 己は塔が灰色の中に灰色で画かれたようになるまで、海岸に立ち尽していた。 * * *・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・と、こう梶は不精に答えてみたものの、何ものにか、巧みに転がされころころ翻弄されているのも同様だった。「今日お伺いしたのは、一度御馳走したいのですよ。一緒にこれから行ってくれませんか。自動車を渋谷の駅に待たせてあるのです。」と、栖方は云っ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・口不精な役人が二等の待合室に連れて行ってくれた。高い硝子戸の前まで連れて来て置いて役人は行ってしまった。フィンクは肘で扉を押し開けて閾の上に立って待合室の中を見た。明るい所から暗い所に這入ったので、目の慣れるまではなんにも見えなかった。次第・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫