・・・何でも夫人の前身は神戸あたりの洋妾だと云う事、一時は三遊亭円暁を男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこの・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・もっともそれだけの不義理を私にしていたのだった。 横堀がはじめ私を訪ねて来たのは、昭和十五年の夏だった。その頃私の著書がはじめて世に出た。新聞の広告で見て、幼友達を想いだして来たと言い、実は折入って頼みがある。自分は今散髪の職人をしてい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・所詮、自由になる金は知れたもので、得意先の理髪店を駆け廻っての集金だけで細かくやりくりしていたから、みるみる不義理が嵩んで、蒼くなっていた。そんな柳吉のところへ蝶子から男履きの草履を贈って来た。添えた手紙には、大分永いこと来て下さらぬゆえ、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・家も捨て、妻も捨て、子も捨て、不義理のあるたけを後に残して行く時の旦那の道連には若い芸者が一人あったとも聞いたが、その音信不通の旦那の在所が何年か後に遠いところから知れて来て、僅かに手紙の往復があるようになったのも、丁度その頃だ。おげんが旦・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・在るものは、不義理な借財だけである。かみなりに家を焼かれて瓜の花。そんな古人の句の酸鼻が、胸に焦げつくほどわかるのだ。私は、人間の資格をさえ、剥奪されていたのである。 私は、いま、事実を誇張して書いてはいけない。充分に気をつけて書いてい・・・ 太宰治 「鴎」
・・・既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、漸く養家の窮窟なるを厭うて離縁復籍を申出し、甚だしきは既婚の妻をも振棄てゝ実家に帰るか、又は独立して随意に第二の妻を娶り、意気揚々顔色酒蛙々々として恥じざる者あり。不義理不人情、恩を知らざる人非人なれども・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・らかな主婦が、自分が今日こうやって、こんな事になやまなければならない運命を持って居ると云う事を胸の中に知って居て、「人間は、いつどこで、どう世話になったり、なられたりするか分らないものだから、不義理はして置けないものだねえ。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 少し金があればはれもの出来したり、不幸が続いたりしやして、島の伯父家にも、お鳥が実家さも、不義理がかさみやす。確かに御年貢だけは取れやした。 けんど、岩佐様さあやる銭が無えで去年の麦と蕎麦粉を売りやしたで、もう口あけた米一俵しか有・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫