・・・このつましい、まじめな婦人作家は、永年にわたって彼女の一貫した題材となっていた不幸な母、不遇な妻、思うにまかせない娘としての女の境遇のきびしい壁が、日本の民主化とともにうち破られて「女もあわれでなくなる時がきた」とこの「憑きもの」の中に語っ・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・その候補者はどんな人間かと云うと、あらゆる不遇な人間だね。先年壮士になったような人間だね。」 茶を飲んで席を起つものがちらほらある。 木村は隠しから風炉鋪を出して、弁当の空箱を畳んで包んでいる。 犬塚は楊枝を使いながら木村に、「・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・己が不遇を知らずして天を楽しみ地を喜び平然として生きるものはさらに憐れむに足る。深山に人跡を探れ、太古の民は木の実を食って躍っている。ロビンフッドは熊の皮を着て落ち葉を焚いている、彼らの胸には執着なく善なく悪なし、ただ鈍き情がある。情が動く・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫