・・・「又お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると、今度こそお前の命はないよ。お前なんぞは殺そうと思えば、雛っ仔の頸を絞めるより――」 こう言いかけた婆さんは、急に顔をしかめました。ふと相手に気がついて見ると、恵蓮はいつか窓際に行っ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・お婆様は気丈な方で甲斐々々しく世話をすますと、若者に向って心の底からお礼をいわれました。若者は挨拶の言葉も得いわないような人で、唯黙ってうなずいてばかりいました。お婆様はようやくのことでその人の住っている所だけを聞き出すことが出来ました。若・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ 先刻もいう通り、私の死んでしまった方が阿母のために都合よく、人が世話をしようと思ったほどで、またそれに違いはなかったんですもの。 実際私は、貴女のために活きていたんだ。 そして、お民さん。」 あるじが落着いて静にいうのを、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・無理に勧めて嫁にやったのが、こういうことになってしまった……たとい女の方が年上であろうとも本人同志が得心であらば、何も親だからとて余計な口出しをせなくもよいのに、この母が年甲斐もなく親だてらにいらぬお世話を焼いて、取返しのつかぬことをしてし・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその住持の紹介を得て、素人の家に置いてもらうことになった。少し込み入った脚本を書きたいの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 椿岳の米三郎が淡島屋の養子となったは兄伊藤八兵衛の世話であった。「出雲なる神や結びし淡島屋、伊勢八幡の恵み受けけり」という自祝の狂歌は縁組の径路を証明しておる。媒合わされた娘は先代の笑名と神楽坂路考のおらいとの間に生れた総領のおくみで・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をいたします。ある時はほとんど私の母のように私の世話をしてくれます。その女が手紙を書くのを側で見ていますと、非常な手紙です。筆を横に取って、仮名で、土佐言葉で書く。今あとで坂本さ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・あの子には、俺も、おまえも、いろいろ世話をしてやったものだ。」「私は、あの子に、他所から、くつをくわえてきてやった。また、着物をさらってきてやったことがある。」と、たかはいいました。 ひのきの木は、身動きをしながら、「俺は、あの・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・私はね、お前さんが親類付合いとお言いだったから、それからふと考えたんだが……お前さんだってどうせ貰わなきゃならないんだから、一人よさそうなのを世話して上げたら私たちが仲人というので、この後も何ぞにつけ相談対手にもなれようと思って、それで私は・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・蹴ったくそわるいさかい、オギアオギアせえだい泣いてるとこイ、ええ、へっつい直しというて、天びん担いで、へっつい直しが廻ってきよって、事情きくと、そら気の毒やいうて、世話してくれたンが、大和の西大寺のそのへっつい直しの親戚の家やった。そンでま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫