・・・二人は両方に立ち別れて、棗の葉が黄ばんでいる寺の塀外を徘徊しながら、勇んで兵衛の参詣を待った。 しかしかれこれ午近くなっても、未に兵衛は見えなかった。喜三郎はいら立って、さりげなく彼の参詣の有無を寺の門番に尋ねて見た。が、門番の答にも、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・二人は申合せたように両方から近づいて、赤坊を間に入れて、抱寝をしながら藁の中でがつがつと震えていた。しかしやがて疲労は凡てを征服した。死のような眠りが三人を襲った。 遠慮会釈もなく迅風は山と野とをこめて吹きすさんだ。漆のような闇が大河の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼らの両方――いわゆる自然主義者もまたいわゆる非自然主義者も、早くからこの矛盾をある程度までは感知していたにかかわらず、ともにその「自然主義」という名を最初からあまりにオオソライズして考えていたために、この矛盾を根柢まで深く解剖し、検覈する・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 隔の襖は裏表、両方の肩で圧されて、すらすらと三寸ばかり、暗き柳と、曇れる花、淋しく顔を見合せた、トタンに跫音、続いて跫音、夫人は衝と退いて小さな咳。 さそくに後を犇と閉め、立花は掌に据えて、瞳を寄せると、軽く捻った懐紙、二隅へはた・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえりにえらんだ呉服屋にやったので世間の人々は「両方とも身代も同じほどだし馬は馬づれと云う通り絹屋と呉服屋ほんとうにいいお家ですネー」とうわさをして居たら、半年もたたない中に此の娘は男を嫌い始めて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・あたい、両方のかけ持ちでしょう、上したの焼き持ち責めで困っちまった、わ。田島がわざと跡から攻めかけて来て、焼け飲みをしたんでしょう、酔ッぱらッちまって聴えよがしに歌ったの、『青木の馬鹿野郎』なんかんて。青木さんは年を取ってるだけにおとなしい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ あくる日の晩は、あまり両方とも、前夜のようにはよく光りませんでした。自然を家として、川の上や、空を飛んでいるものを、狭いかごの中にいれたせいでもありましょう。ほたるは、だんだん弱って、日ごとに、小さな川のほたるから、一匹、二匹と死んで・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・ そうしてる内に、手が両方ばらばらになって落ちて来ました。右の足と左の足とが別々に落ちて来ました。最後に子供の胴が、どしんとばかり空から落っこって来ました。 私はもう初め首の落っこって来た時から、恐くて恐くてぶるぶる顫えていました。・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ろっぽく思えたが、しかし、やや分厚い柔かそうな下唇や、その唇の真中にちょっぴり下手に紅をつける化粧の仕方や、胸のふくらみのだらんと下ったところなど、結婚したらきっと子供を沢山産んで、浴衣の胸をはだけて両方の乳房を二人の赤ん坊に当てがうであろ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 弟達が来ますと、二人に両方の手を握らせて、暫くは如何にも安心したかの様子でしたが、末弟は試験の結果が気になって落ちつかず、次弟は商用が忙しくて何れも程なく帰ってしまいました。 二十日の暮れて間もない時分、カツカツとあわただしい下駄・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫