・・・が、大御所吉宗の内意を受けて、手負いと披露したまま駕籠で中の口から、平川口へ出て引きとらせた。公に死去の届が出たのは、二十一日の事である。 修理は、越中守が引きとった後で、すぐに水野監物に預けられた。これも中の口から、平川口へ、青網をか・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・そんなら中の口におき忘れてあるんだ。そうだ」僕は飛び上がるほど嬉しくなりました。中の口の帽子かけに庇のぴかぴか光った帽子が、知らん顔をしてぶら下がっているんだ。なんのこったと思うと、僕はひとりでに面白くなって、襖をがらっと勢よく開けましたが・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・下島のおじさんは、時々夜なかに酔っぱらってかえって来て、中の口の戸をドンドン叩いて母にあけさせることがあった。そうでないときは、いつも玄関わきの「おじさんの部屋」で新聞ばかりよんでいるか、台所に来ているかした。子供たちと一緒に御飯をたべなか・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 三右衛門は思慮の遑もなく跡を追った。中の口まで出たが、もう相手の行方が知れない。痛手を負った老人の足は、壮年の癖者に及ばなかったのである。 三右衛門は灼けるような痛を頭と手とに覚えて、眩暈が萌して来た。それでも自分で自分を励まして・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫