・・・――そこで、心得のある、ここの主人をはじめ、いつもころがり込んでいる、なかまが二人、一人は検定試験を十年来落第の中老の才子で、近頃はただ一攫千金の投機を狙っています。一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個を、紳士、旦・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 豊吉二十のころの知人みな四十五十の中老になって、子供もあれば、中には孫もある、その人々が続々と見舞にくる、ことに女の人、昔美しかった乙女の今はお婆さんの連中が、また続々と見舞に来る。 人々は驚いた、豊吉のあまりに老いぼれたのに。人・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・じょさいのない中老店員の一人は、顧客の老軍人の秘蔵子らしいお坊っちゃんの自分の前に、当時としてはめったに見られない舶来の珍しいおもちゃを並べて見せた。その一つはねずみ色の天鵞絨で作った身長わずかに五六寸くらいの縫いぐるみの象であるが、それが・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・それでもある若い人達の団体の中では自分等の仲間は中老連などと名づけられていた。 あまり鏡というものを見る機会のない私は、ある朝偶然縁側の日向に誰かがほうり出してあった手鏡を弄んでいるうちに、私の額の辺に銀色に光る数本の白髪を発見した。十・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・日本もはや明治となって四十何年、維新の立者多くは墓になり、当年の書生青二才も、福々しい元老もしくは分別臭い中老になった。彼らは老いた。日本も成長した。子供でない、大分大人になった。明治の初年に狂気のごとく駈足で来た日本も、いつの間にか足もと・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・窓が晴れやかに開いて、その窓際に台があって、薄い色の髪の毛がすきとおるような工合に光線を受け一人の背広をきた中老人がハムを刻んでいる。わきに小鍋と玉子が二つころがっていた。 むき出しの頑丈そうな腕を大きい胸の上に組んで、白い布をかぶった・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫