・・・私は突然この恐しさに襲われたので、大時計を見た眼を何気なく、電車の線路一つへだてた中西屋の前の停留場へ落しました。すると、その赤い柱の前には、私と私の妻とが肩を並べながら、睦じそうに立っていたではございませんか。 妻は黒いコオトに、焦茶・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・自分は神田の古本屋を根気よくあさりまわって、欧洲戦争が始まってから、めっきり少くなった独逸書を一二冊手に入れた揚句、動くともなく動いている晩秋の冷い空気を、外套の襟に防ぎながら、ふと中西屋の前を通りかかると、なぜか賑な人声と、暖い飲料とが急・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 大森は名刺を受けとってお清の口上をみなまで聞かず、「オイ君、中西が来た!」「そしてどうした?」「いま君が聞いたとおりサ、留守だと言って帰したのだ。」「そいつは弱った。」「彼奴一週間後でなければ上京られないと言って来・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・まだ病気にならぬ頃、わたくしは同級の友達と連立って、神保町の角にあった中西屋という書店に行き、それらの雑誌を買った事だけは覚えているが、記事については何一つ記憶しているものはない。中西屋の店先にはその頃武蔵屋から発行した近松の浄瑠璃、西鶴の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・は、野生鳥類の生彩に溢れた観察、記述で感銘ふかいものである。「日本の鳥」は中西悟堂氏によって、どのような日本独特の鳥とそれに対する心を描いているのだろうか。 コフマンは、猿と類人猿の話につづく次の章で変った人種の話の項を展開しているが、・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ティックな傾向に立って文学的歩み出しをしていた藤森成吉、秋田雨雀、小川未明等の若い作家たちは、新たに起ったこの文学的潮流に身を投じ、従来の作家の生い立ちとは全くちがった生活の閲歴を持った前田河広一郎、中西伊之助、宮地嘉六等の作家たちと共に平・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・こんどは同じ通りの中西屋に入って本をきいた。手をはなしたもんだから又彼はまわりどうろうのように一つところをぐるぐるまわりして居る。私はもう気が気ではない、まだたずねたい所はたくさんあったが心配でしょうがないからきりあげて巣鴨行の電車に乗った・・・ 宮本百合子 「心配」
・・・ ○ニコライの翻訳を手伝う人に、京都の中西ズク麿さんという男あり。大した学者。不具。手足ちんちくりんで頭ばっかり大きい。歩くに斯うやってアヒルのように歩く。その人がニコライの助手で「さあズクマロさん仕事をしましょう」と笑い乍らニコライ、・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
A ――佃 一郎 自分―― 伸子 父 ――佐々省三 母――多計代 岩本――中西ちゑ子 弟――和一郎 南 ――高崎直子 弟――保 和田――安川ただ/咲森田、岩本散歩 或日曜後藤避暑の話、ミス ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(一)」
・・・ 今ねえ私中西屋さんに居んのよ、よれよれって云うんだもの……姉さん来ない? え? いらっしゃいよ、よ、ね?」「おいおい」 これは太い男の声が割り込んだ。「何だって? ハッハッハッ、そんなこたどうでもいいから来いよ、風邪なんか熱い・・・ 宮本百合子 「町の展望」
出典:青空文庫