・・・ いや、余事を申上げまして恐入りますが、唯今私が不束に演じまするお話の中頃に、山中孤家の怪しい婦人が、ちちんぷいぷい御代の御宝と唱えて蝙蝠の印を結ぶ処がありますから、ちょっと申上げておくのであります。 さてこれは小宮山良介という学生・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・丁度秋の中頃の寒くも暑くもない快い晩で、余り景色が好いので二人は我知らず暫らく佇立って四辺を眺めていた。二葉亭は忽ち底力のある声で「明月や……」と叫って、較や暫らく考えた後、「……跡が出ない。が、爰で名句が浮んで来るようでは文人の縁が切れな・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今普請してる最中でっけど、中頃には開店させて貰いま」 そして、開店の日はぜひ招待したいから、住所を知らせてくれと言うのである。住所を控えると、「――ぜひ来とくれやっしゃ。あんさんは第一番に来て貰わんことには……」 雑誌のことには・・・ 織田作之助 「神経」
・・・と、中頃は余り言いすごしたと思ったので、末にはその意を濁してしまった。言ったとて今更どうなることでも無いので、図に乗って少し饒舌り過ぎたと思ったのは疑いも無い。 中村は少し凹まされたかども有るが、この人は、「肉の多きや刃その骨に及ば・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・その代りになるべき新しい利器を求めている彼の手に触れたのは、前世紀の中頃に数学者リーマンが、そのような応用とは何の関係もなしに純粋な数学上の理論的の仕事として残しておいた遺物であった。これを錬え直して造った新しい鋭利なメスで、数千年来人間の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・よく訳のわかった巧者な実験家の教師が得られるならば中頃の学級からやり始めていい。そうしてもラテン文法の練習などではめったに出逢わないような印象と理解を期待する事が出来るだろう。」「ついでながら近頃やっと試験的に学校で行われ出した教授の手・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ チェイン・ローは河岸端の往来を南に折れる小路でカーライルの家はその右側の中頃に在る。番地は二十四番地だ。 毎日のように川を隔てて霧の中にチェルシーを眺めた余はある朝ついに橋を渡ってその有名なる庵りを叩いた。 庵りというと物寂び・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・最後の巻、即ち十七世紀の中頃から維新の変に至るまでの沿革は、今なお述作中にかかる未成品に過ぎなかった。その上去年の第一巻とこれから出る第三巻目は、先生一個の企てでなく、日本の亜細亜協会が引き受けて刊行するのだという事が分った。従って先生の読・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 去年の中頃に、お節が長病いをした時、貸りてまだ返さずにある十円ばかりの金の事を云い出されては、口惜しいけれど、それでもとは云われなかった。 自分が、それを返す余地がないと知って、余計に見込んで苦しめる様な事をするお金も堪らなく憎ら・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・けれども、だんだん子供が帰って来、入り乱れる足音、馳ける廊下の轟きが増し、長い休の中頃になろうものなら、何と云おうか、学校中はまるで悦ぶ子供で満ち溢れてしまう。 四十分か五十分の日中のお休みは、何といいものであったろう! 鐘が鳴るのに、・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
出典:青空文庫