・・・ 歩く時いつでも右の袂の中頃をもって居るのが癖だと云う事を見つけて仙二はわけもなく可笑しかった。 その娘は村の人誰からも快くあつかわれた、そしてだれでもが、 お嬢さんとか、お嬢さま、とか呼んで居た。 仙二は朝早く起きるとすぐ・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 此処も夏の中頃までは手入も行き届いて居たし、中のものも、今ほどめっぽう大きくなって居なかったので、青々と調って気持がよかったが、もう近頃は何とも彼んとも云われないほどゴチャゴチャになって居る。 背がのびる草だからと云って後の方に植・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・あんまり早く達治さんが御婚礼してしまうと困るが、来年の中頃以後であったら何とかなりそうで楽しみです。家のプラン想像なさることが出来るでしょう? 二階は達治さん達。今の下の部屋が隆治さん。その奥へお二人というわけなのです。ずっと戸外が見え・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・を書いたのち、一九三〇年の中頃から、私は、机の上において、何となしその頁をひらいて数行をよむことで創作への熱心を刺戟されるような文学を見出せなくなって、途方にくれた。けれどもこの経験は、日本の社会の現実認識の方法と文学評価が、全体として志賀・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 大正の中頃からのちの激しい時代のうつりかわりと、その間に転変した女性一般の生活の大きな変化は、千葉先生と私との間をもいつとはなし吹きわけることとなった。どちらもそれぞれに結婚もした。先生はそれより前にどういう事情でか学校をやめられた。・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・最初の部分は、小石川の動力の響が近隣の小工場から響いて来る二階で。中頃の部分は、鎌倉の明月谷の夏。我々は胡瓜と豆腐ばかり食べて、夜になると仕事を始めた。彼女はそっちの部屋でチェホフを。私はこっちの部屋で自分の小説を。蛾が、深夜に向って開け放・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 大正の中頃から昭和へかけての時分、母はお孝さんに誘われて沢田正二郎の芝居を見物するようになった。 比較的芝居は観る方で、演芸画報をかかさずとっていたが、有名な沢正を観たのは、お孝さんのすすめによってであった。帰って来て、「あれ・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ それがね何でも夏の中頃だと思ってましたけど一晩の中に貸家の札がおきまりにはすにはってあったんで大変な噂になりましたっけが酒屋の小僧がねこんな事を云ってましたよ。「あの『じじい』はあの年をつかまつって居て銘酒屋の女房と馳け落・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 一日中書斎に座って、呆んやり立木の姿や有難い本の列などを眺めながら、周囲の沈んだ静けさと、物懶さに連れて、いつとはなし今自分の座って居る丁度此の処に彼の体の真中頃を置いて死に掛った叔父の事を思い出して居た。 私が七つの時に叔父は死・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 或る大変涼しい晩――もう秋の中頃がすぎて、フランネル一枚では風を引きそうな、星のこぼれそうな夜であった。 八月に生れた赤坊を一番奥の部屋でねかしつけて居ると、どっかで、多勢の男の声が崩れる様に笑うのが耳のはたでやかましくやかま・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫