・・・ 旦那の牧野は三日にあげず、昼間でも役所の帰り途に、陸軍一等主計の軍服を着た、逞しい姿を運んで来た。勿論日が暮れてから、厩橋向うの本宅を抜けて来る事も稀ではなかった。牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。 この頃丸髷に・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・――そんな事を考えながら、叱声の起った席を見ると、将軍はまだ不機嫌そうに、余興掛の一等主計と、何か問答を重ねていた。 その時ふと中佐の耳は、口の悪い亜米利加の武官が、隣に坐った仏蘭西の武官へ、こう話しかける声を捉えた。「将軍Nも楽じ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・その中の一人は見覚えのある同じ学校の主計官だった。武官に馴染みの薄い彼はこの人の名前を知らなかった。いや、名前ばかりではない。少尉級か中尉級かも知らなかった。ただ彼の知っているのは月々の給金を貰う時に、この人の手を経ると云うことだけだった。・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・がて何事もなく終ったのだ、がこの二晩の出来事で私も頗る怯気がついたので、その翌晩からは、遂に座敷を変えて寝たが、その後は別に何のこともなかった、何でもその後近所の噂に聞くと、前に住んでいたのが、陸軍の主計官とかで、その人が細君を妾の為めに、・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・聯隊の経理室から出た俸給以外に紙幣が兵卒の手に這入る道がないことが明瞭であるにも拘らず、弱点を持っている自分の上に、長くかゝずらっている憲兵の卑屈さを見下げてやりたい感情を経験せずにはいられなかった。主計には頭が上らないから、兵卒のところで・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫