・・・「久し振りで君が尋ねて来て、今夜はとまって呉れるのやさかい、僕はこないに嬉しいことはない。充分飲んで呉れ給え」と、酌をしてくれた。「僕も随分やってるよ。――それよりか、話の続きを聴こうじゃないか?」「それで、僕等の後備歩兵第○聨・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ それが、父一人子一人の、久し振りの挨拶だった。「荷物はそれだけか」「少ないでしょう?」「いや、多い。多すぎる。どうも近所に体裁が悪いよ。もっとも近所といっても、焼跡ばかしだが……」「そう言われるだろうと思って、大阪駅の・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
最近私の友人がたまたま休暇を得て戦地から帰って来た。○日ののちには直ぐまた戦地へ戻らねばならぬ慌しい帰休であった。 久し振りのわが家へ帰ったとたんに、実は藪から棒の話だがと、ある仲人から見合いの話が持ち込まれた。彼の両・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・睨みつけたまま通りすぎようとしたらしいが、思い直したのか、寄って来て、「久し振りやないか」 硬ばった声だった。「まあ、知ったはりまんのん?」 同じ傘の中の女は土地の者だが、臨機応変の大阪弁も使う。すると、客は、「そや、昔・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・と、久し振りに笑顔を見せました。 其夜半から看護婦が来ました。看護婦は直ぐ病人の傍へ行って脈をはかり、験温などしました。そして、いきなり本当の病状を喋って仕舞いました。この時脈は百三十を越して、時々結滞あり、呼吸は四十でした。すると、病・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・自分は雪の積った道を久し振りで省線電車の方へ向った。 二 お茶の水から本郷へ出るまでの間に人が三人まで雪で辷った。銀行へ着いた時分には自分もかなり不機嫌になってしまっていた。赤く焼けている瓦斯煖炉の上へ濡れて重くなっ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・私は前の日に無感覚だったことを美しい実感で思い直しました。五 これはあなたにこの手紙を書こうと思い立った日の出来事です。私は久し振りに手拭をさげて銭湯へ行きました。やはり雨後でした。垣根のきこくがぷんぷん快い匂いを放っていま・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ お君は監獄の中にいる夫に、赤ん坊を見せてやるために、久し振りで面会に出掛けて行った。夫の顔は少し白くなっていたが大変元気だった。お君の首になったのを聞くと、編笠をテーブルに叩きつけて怒った。それでも胸につけてある番号のきれをいじりなが・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久し振りで長い間会わないこの愚かな母親の心に、シミ/″\と触れることが出来た。 俺たちはどんなことがあろうと、泣いてはいけないそうだ。どんな女がいようと、惚れてはならないそうだ。月を見ても、もの想い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・いや、大酒を飲むのは、毎夜の事であって、なにも珍らしい事ではないけれども、その日、仕事場からの帰りに、駅のところで久し振りの友人と逢い、さっそく私のなじみのおでんやに案内して大いに飲み、そろそろ酒が苦痛になりかけて来た時に、雑誌社の編輯者が・・・ 太宰治 「朝」
出典:青空文庫