・・・木馬になんぞ乗るやつがあるもんか?」 野口という大学教授は、青黒い松花を頬張ったなり、蔑むような笑い方をした。が、藤井は無頓着に、時々和田へ目をやっては、得々と話を続けて行った。「和田の乗ったのは白い木馬、僕の乗ったのは赤い木馬なん・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・沢本 おい、ともちゃん……乗るんだ。君は俺たちのモデルじゃないか。若様も描けよ。瀬古 うん描こう。いったい計画計画って……おい生蕃、ガランスをくれ。沢本 その色こそは余が汝に求めんとしつつあったものなのだ。貴様のところにも・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 今はたとい足許が水になって、神路山の松ながら人肌を通す流に変じて、胸の中に舟を纜う、烏帽子直垂をつけた船頭なりとも、乗れとなら乗る気になった。立花は怯めず、臆せず、驚破といわば、手釦、襟飾を隠して、あらゆるものを見ないでおこうと、胸を・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・奈々子が菓子ほしい時に、父は必ずだっこしろ、だっこすれば菓子やるというために、菓子のほしい時彼はあっこあっこと叫んで父の膝に乗るのである。一つではあまり大きいというので、半分ずつだよといい聞かせられるために、自分からはんぶんはんぶんというの・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・そうかと思うと一方には、代がわりした『毎日新聞』の翌々日に載る沼南署名の訣別の辞のゲラ刷を封入した自筆の手紙を友人に配っている。何人に配ったか知らぬが、僅に数回の面識しかない浅い交際の私の許へまで遣したのを見るとかなり多数の知人に配ったらし・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・そしてその上に乗る事も、それを拾い上げる事も出来ぬのである。そしてこれから先き生きているなら、どんなにして生きていられるだろうかと想像して見ると、その生活状態の目の前に建設せられて来たのが、如何にもこれまでとは違った形をしているので、女房は・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・少女は、それに乗ると、ふたたび天国をさして去りました。このやさしい天使は、永久に、この下界に別れを告げたのでした。 天国には、やさしい天使のお母さんが、我が子の帰るのを待っていられました。三年の間、下界に苦しんできた子供に、なんの変わり・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・そこから向地通いの小蒸汽に乗るのだ。そよそよと西風の吹く日で、ここからは海は見えぬが、外は少しは浪があろうと待合せの乗客が話していた。空はところどころ曇って、日がバッと照るかと思うときゅうにまた影げる。水ぎわには昼でも淡く水蒸気が見えるが、・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 当時、安堂寺橋に巡航船の乗場があり、日本橋まで乗せて二銭五厘で客を呼んでいたが、お前はその乗場に頑張って、巡航船へ乗る客を、俥の方へ横取りしようと、金切声で呶鳴っていた。巡航船に赤い旗がついているのを見て、お前も薄汚れた俥にそれと似た・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 上野から夜汽車に乗る私を送ってきてくれた土井は、別れる時こう言った。 葛西善蔵 「遁走」
出典:青空文庫