・・・ 三鷹駅から省線で東京駅迄行き、それから市電に乗換え、その若い記者に案内されて、先ず本社に立寄り、応接間に通されて、そうして早速ウイスキイの饗応にあずかりました。 思うに、太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつ・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・八王子あたりまでは、よく晴れていたのだが、大月で、富士吉田行の電車に乗り換えてからは、もはや大豪雨であった。ぎっしり互いに身動きの出来ぬほどに乗り込んだ登山者あるいは遊覧の男女の客は、口々に、わあ、ひどい、これあ困ったと豪雨に対して不平を並・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・先生、お茶の水から外濠線に乗り換えて錦町三丁目の角まで来ておりると、楽しかった空想はすっかり覚めてしまったような侘しい気がして、編集長とその陰気な机とがすぐ眼に浮かぶ。今日も一日苦しまなければならぬかナアと思う。生活というものはつらいものだ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・いつか須田町で乗換えたときに気まぐれに葉巻を買って吸付けたばかりに電車を棄権して日本橋まで歩いてしまった。夏目先生にその話をしたら早速その当時書いていた小説の中の点景材料に使われた。須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・池袋から乗り換えて東上線の成増駅まで行った。途中の景色が私には非常に気にいった。見渡す限り平坦なようであるが、全体が海抜幾メートルかの高台になっている事は、ところどころにくぼんだ谷があるので始めてわかる。そういう谷の所にはきまって松や雑木の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・うっかりバーゼル止まりの客車へ乗り込んでいたが、車掌に注意されてあわててベルリン直行のに乗り換えた。 コモやルガノの絵のような湖も見られた。ボートの上にカンバスをかまぼこ形に張ったのが日本の屋根舟よりはむしろ文人画中の漁舟を思い出させた・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかしまた、乗り換え切符を出さなくなったために乗客の選ぶコースが平常と変わり、その結果としていつもは混雑するある時刻のある線路が異常に閑散になったというような現象もあるらしく思われた。この異常時の各線路の乗客数の調査をしたら市電将来の経営に・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・三田行きの電車を大手町で乗り換えたり、あるいはそこから歩いたりして日本橋の四つ角まで行く。白木屋に絵の展覧会でもあるとはいって見る事もあるが、大概はすぐに丸善へ行く。別にどういう本を買うあてがあるわけではないが、ただ何かしら久しぶりで仲のい・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ただ今お乗り換えの方は切符を拝見致します。次は数寄屋橋、お乗換の方は御在いませんか。」「ありますよ。ちょいと、乗りかえ。本所は乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆が逸早く叫んだ。 けれども車掌は片隅から一人々々・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・九段、市ヶ谷、本郷、神田、小石川方面のお方はお乗換え――あなた小石川はお乗換ですよ。お早く願います。」と注意されて女房は真黒な乳房をぶらぶら、片手に赤児片手に提灯と風呂敷包みを抱え込み、周章てふためいて降り掛ける。その入口からは、待っていた・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫