・・・、出来得る限り何でもかでも統一しようとあせる結果、また学者の常態として冷然たる傍観者の地位に立つ場合が多いため、ただ形式だけの統一で中味の統一にも何にもならない纏め方をして得意になる事も少なくないのは争うべからざる事実であると私は断言したい・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・日本の絵画の年々進歩するのは争うべからざる事実ではあるが、その原因を某氏のように一概に文部省の展覧会に帰するのは間違っているように思われる。果して日本の画家があの位の刺激に挑撥されて人工的に向上したとすれば、彼らは文部省の御蔭で腕が上がると・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・偕老を契約したる妻が之を争うは正当防禦にこそあれ。或は誤て争う可らざるを争うこともあらん。之を称して悋気深しと言うか。尚お是れにても直に離縁の理由とするに足らず。第五癩病の如き悪疾あれば去ると言う。無稽の甚しきものなり。癩病は伝染性にして神・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・すでにこれを分てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、こ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・その成功はともかくも、その著眼の高きことは争うべからず。 曙覧は擬古の歌も詠み、新様の歌も詠み、慷慨激烈の歌も詠み、和暢平遠の歌も詠み、家屋の内をも歌に詠み、広野の外をも歌に詠み、高山彦九郎をも詠み、御魚屋八兵衛をも詠み、侠家の雪も詠み・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・けれどもまた、いま争うときでないと考えて山羊の方を見ました。山羊はあちこち草をたべながら向うに行っていました。百姓はファゼーロの行った方へ行き、わたくしも山羊の方へ歩きだしました。山羊に追いついてからふりかえって見ますと畑いちめん紺いろの地・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ ドン国営煙草工場は生産高がソヴェト同盟一二を争うほどあり、労働者は全体で千何百人かいる。仕事の性質上婦人が多いので、ここの衛生委員は特別に歯科の診療所を工場内に設けた。小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・今の予は何を言っても、文壇の地位を争うものでないから、誰も怒るものは無い。彼虚舟と同じである。さればと云って、読者がもし予を以て文壇に対して耳を掩い目を閉じているものとなしたならば、それは大に錯って居るのであろう。予は新聞雑誌も読む。新刊書・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ 磨かれた大理石の三面鏡に包まれた光の中で、ナポレオンとルイザとは明暗を閃めかせつつ、分裂し粘着した。争う色彩の尖影が、屈折しながら鏡面で衝撃した。「陛下、お気が狂わせられたのでございます。陛下、お放しなされませ」 しかし、ナポ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・我を以て争う時にはどんなに弱いものでも刃向って来る。嘲笑や皮肉によっては何者も征服せられない。偉人は卑しい者の内にも人間を見る。手におえないようなあばずれ者にも真に人間らしい本音を吐かせる。 しかし我をなくすることによって個性の色はいさ・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫