・・・ 過度の書物依頼主義にむしばまれる時は創造的本能をにぶくし、判断力や批判力がラディカルでなくなり、すべての事態にイニシアチブをとって反応する主我的指導性が萎えて行く傾向がある。 知識の真の源泉は生そのものの直接の体験と観察から生まれ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・と答えたが、事態の現在を眼にすると、復今更にハラハラと泣いて、「まことに相済みませぬ疎忽を致しました。御相図と承わり、又御物ごしが彼方様其儘でござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てまして・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ しかし、事態は、そこまで到っている。皆、呑むつもりなのだ。早稲田界隈の親分を思いがけなく迎えて、当然、呑むべきだと思っているらしい気配なのだ。 私は井伏さんの顔を見た。皆に囲まれて籐椅子に坐って、ああ、あのときの井伏さんの不安の表・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・なんとか事態をまるくおさめる工夫は無いものか。これは、どうも意外の風雲。」「ごまかしなさんな。見えすいていますよ。落ちついた振りをしていても、火燵の中の膝頭が、さっきからがくがく震えているじゃありませんか。」「けしからぬ。これはひど・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・どうして私は、事態の最悪の場合ばかり考えたがるのだろう。ああ、けさは女房も美しい。ふびんな奴だ。あいつは、私を信じすぎていたのだ。私も悪い。女房を、だましすぎていた。だますより他はなかったのだ。家庭の幸福なんて、お互い嘘の上ででも無けれあ成・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・の韜晦の一語がひょいと顔を出さなければならぬ事態に立ちいたり、かれ日頃ご自慢の竜頭蛇尾の形に歪めて置いて筆を投げた、というようなふうである。私は、かれの歿したる直後に、この数行の文章に接し、はっと凝視し、再読、三読、さらに持ち直して見つめた・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は、いつでも最悪の事態ばかり予想する。「そんな事は無い。」とお二人とも真面目に否定した。「去年の夏は、どうだったのですか?」私の性格の中には、石橋をたたいて渡るケチな用心深さも、たぶんに在るようだ。「あのあとで、お二人とも文治さん・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ このように巧い結末を告げるときもあれば、また、――おれが、どのように恥かしくて、この押入れの前に呆然たちつくして居るか、穴あればはいりたき実感いまより一そう強烈の事態にたちいたらば、のこのこ押入れにはいろう魂胆、そんなばかげた、い・・・ 太宰治 「創生記」
事態がたいへん複雑になっている。ゲシュタルト心理学が持ち出され、全体主義という合言葉も生れて、新しい世界観が、そろそろ登場の身仕度を始めた。 古いノオトだけでは、間に合わなくなって来た。文化のガイドたちは、またまた図書・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・すぐ事態を察知した。薬品が効かなかったのだ。うなずいて、もうすでに私は、白紙還元である。家へ帰って、「だめだよ。薬が効かないのだ。ゆるしてやろうよ。あいつには、罪がなかったんだぜ。芸術家は、もともと弱い者の味方だったはずなんだ」私は、途・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫