・・・道の二股になった所で左に行こうとすると、闇をすかしていた仁右衛門は吼えるように「右さ行くだ」と厳命した。笠井はそれにも背かなかった。左の道を通って女が通って来るのだ。 仁右衛門はまた独りになって闇の中にうずくまった。彼れは憤りにぶるぶる・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母さんが、「あれはの、二股坂の庄屋殿じゃ。」といった。 この二股坂と言うのは、山奥で、可怪い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ながら、人界・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・しばらくすると二股になった。自分は股の根に立って、ちょっと休んだ。「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。 なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左り日ヶ窪、右堀田原とある。闇だのに赤い字が明かに見えた。赤い字は井守・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そして、それが、文学の大衆性への翹望などというものから湧いている気持ではなくて、当今、人気作家と云われている作家たちは阿部知二、岸田国士、丹羽文雄その他の諸氏の通りみな所謂純文学作品と新聞小説と二股かけていて、新聞小説をかくことで、その作家・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
さあ、ちょっと机のごたごたを片よせて、 モスクワ地図をひろげよう。 市の西から東・南に向って大うねりにのたくっているのは、誰でも知っているモスクワ河。その河が二股にわかれた北河岸に、不規則な三角形の城壁でとりま・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・動坂を下りて、ずっとゆくと、二股になった道があって、そこに赤い紙をどっさり貼りつけられた古い地蔵さんの立っている辻堂があった。田端の駅へゆくときは、その地蔵のところから左へとって、杉林などが見えるところから又右へ入って、どうにかしてゆくと、・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・終点から川について教わった通り行ったが、二股道にかかり、さてどちらに行ってよいか判らない。丁度十五六の女の子が通りすがった。「天主堂へはどっちの道を行ってよいでしょう」 此辺の人と見かけたのに、分らぬらしく「さあ、わたくし知りま・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 終点から、細い川沿いに、車掌の教えてくれた通り進んだが、程なく二股道に出た。一方は流れに架った橋を越して、小高い丘の裾を廻る道、一方は真直畑を通る道。何しろ烈しい風の吹きようだ。真正面から吹きまくられて進むことは、二人とも寸時も早く免・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・法 二股かけたもの共の大方は、蛙の叔母だとやら「あひる」のやれ「いとこ」だとやら申すのが可笑しい事でのう。王 よんべ、酒と感違い致いて油をお飲みやったと見ゆるわ。法 おお、それはさて置き貴方は二時間ほか御やすみなさらなんだ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 道が二股にわかれて、一方の草堤に自立会と明瞭に書いて矢じるしをつけた立札が立っていた。ひろ子たちの前の方を、背広の男が一人ゆっくり歩いていた。遠くからその立札に目をつけているのが、うしろつきでわかった。あの人も行くのかしら。そう思って・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫