・・・ちつけて油単の包をあらためて肩にかけながら、「私は越前福井の者でござりまするが先年二人の親に死に別れてしまったのでこの様な姿になりましたけれ共それがもうよっぽど時はすぎましたけれ共どうしてもなくなった二親の事が忘られないのでせめて死後供養に・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・去年のクリスマスにはあの約束をおしの人の二親のいる、田舎の内にお前さんは行っていて、そういったっけね。もうもう芝居なんぞは厭だ。こんな田舎で気楽に暮したいとそういったっけね。なんでも家持に限るのだよ。それは芝居にいるも好いけれどもね。その次・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・そんな風にしていましたから、人の世話ばかり焼くイソダンの人達も、わたくしの所へあなたのいらっしゃるのをなんとも申さないで、あれは二親の交際した内だから尋ねて往くのだと申していましたのです。 しかしわたくしがそんな気でいましたから、あなた・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・と云う事ばかりをたのんで、此家へ自分をよこした二親が、つくづくうらめしい気になった。 いくら二十にはなって居ても母親のそばで猫可愛がりにされつけて居たお君には、晦日におてっぱらいになるきっちりの金を、巧くやりくって行くだけの腕もなかった・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・娘の心の中にすむ光りもののささやかに物凄いキラメキを見るにつけて年とった二親は自分達の若い時の事を考えさせられた。母親は十八の時親にそむき家をすててしょうばいがたきのここの家の今の主人の前にその体をなげ出した。自分の生れた家の「時」と云う恐・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 我がために涙をながして呉れる人が此の世に只一人でもあるうちは私は必ず幸福であろう、それを今私はめぐみの深い二親も同胞も数多い友達も血縁の者もある。 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ けれ共、私の悲しさをいやすべく、二親の歓びを助くべく、今まで見た事もない様な美くしい児を、何者かが与えて下すった事は、私には暁光を仰ぐと等しい事である。 二日の午前九時四十分 健康な産声を高々と、独りの姉を補佐すべく産れて来た・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・そのことは一応悲しい訣れのかたちであるけれども、思い沈めて考えると、私にとっては却って我々親子の縁というものがどんなに深いかを知らせることになった。二親たちの生涯の延長として、その延長されたいのちが遭遇する歴史の姿として、私がこれらの愛する・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ ろくに二親の考えもしらないで居て近づけないのなんのかんのってったってまるで食べずぎらいみたいじゃあありませんかほんとうに。 二人は何ともつかない笑声をたてた。「でも若し頭の中に恐ろしいものが居るのを見つけたらどうでしょ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 二人の女君は後室の妹君の娘達、二親に分れてからはこの年老いた伯母君を杖より柱よりたよって来て居られるもの、姉君を常盤の君、若やいだ名にもにず、見にくい姿で年は二十ほど、「『誘う水あらば』って云うのはあの方だ」とは口さがない召使のかげ口・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫