・・・「こう云うのどかな日を送る事があろうとは、お互に思いがけなかった事ですからな。」「さようでございます。手前も二度と、春に逢おうなどとは、夢にも存じませんでした。」「我々は、よくよく運のよいものと見えますな。」 二人は、満足そ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・その時私たち三人が互に見合せた眼といったら、顔といったらありません。顔は真青でした。眼は飛び出しそうに見開いていました。今の波一つでどこか深い所に流されたのだということを私たちはいい合わさないでも知ることが出来たのです。いい合わさないでも私・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・お互に今聞いても、身ぶるいが出るじゃありませんか。」 と顔を上げて目を合わせる、両人の手は左右から、思わず火鉢を圧えたのである。「私はまた私で、何です、なまじ薄髯の生えた意気地のない兄哥がついているから起って、相応にどうにか遣繰って・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・こういう風に互に心持よく円満に楽しいという事は、今後ひとたびといってもできないかも知れない、いっそ二人が今夜眠ったまま死んでしまったら、これに上越す幸福はないであろう。 真にそれに相違ない。このまま苦もなく死ぬことができれば満足であるけ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・代は先代が作ったので、椿岳は天下の伊藤八兵衛の幕僚であっても、身代を作るよりは減らす方が上手で、養家の身代を少しも伸ばさなかったから、こういう破目となると自然淡島屋を遠ざかるのが当然であって、維新後は互に往来していても家族的関係は段々と薄ら・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追い掛けられていて、この時決心して自分を追い掛けて来た人に向き合うように見えた。「お互に六発ずつ打つ事にしましょうね。・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 朝に、晩に、寒い風にも当てないようにして、育てゝ来た子供を機関銃の前に、毒瓦斯の中に、晒らすこと対して、たゞこれを不可抗力の運命と視して考えずにいられようか? 互に、罪もなく、怨みもなく、しかも殺し合って死なゝければならぬ子供等自身の立場・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・お別れだ。お互に命がありゃまた会わねえとも限らねえから、君もまあ達者でいておくんなせえ、ついちゃここに持合せが一両と少しばかりある、そのうち五十銭だけ君にあげるから……」と言いながら、腹巻を探った。 私はあまりに不意なので肝を潰した。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・やがておれも是になって、肩を比べて臥ていようが、お互に胸悪くも思はなくなるのであろう。 兎に角水は十分に飲むべし。一日に三度飲もう、朝と昼と晩とにな。 日の出だ! 大きく盆のようなのが、黒々と見ゆる山査子の枝に縦横に断截られて血・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 出品の製作は皆な自宅で書くのだから、何人も誰が何を書くのか知らない、また互に秘密にしていた。殊に志村と自分は互の画題を最も秘密にして知らさないようにしていた。であるから自分は馬を書きながらも志村は何を書いているかという問を常に懐いてい・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫