・・・なんの罪もない日本民族の魂が警察の目を避けて過去の亡霊のように踊っていたのである。それがこのごろでは、国民思想涵養の一端というのであろうか、警察の許可を得て、いつのまにか復旧されて来たように見えるのである。 H温泉旅館の前庭の丸い芝生の・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・途中の宿で盗賊の群に襲われ、着物を剥がれた上に刺殺される、そのあとへ母をたずねて上京の途上にある牛若が偶然泊り合わせ、亡霊の告げによってその死を知る。そうして復讐を計画し、詭計によって賊をおびき寄せておいて皆殺しにする。後日再び奥州から大軍・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・ 歴史に向ってのここの作家的態度は、恐ろしいほど複雑で且つ心理的なものであったから、芥川は、時代の歴史の濤が益々つよく激しく我が身辺にたぎり立ったとき、彼の主観に亡霊のように立ちこめた「何となしの不安」を歴史の眼によって抱きとることも出・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 私の云う霊を失った哀れなる亡霊の多くは、箇人主義を称えて、自らを害うて顧見ない。 自己の上に輝ける真を得るためには、真を裏切らぬ事をなさねばならぬ。 真に近づいて真を得るのである。 箇人主義は、即ち自己完成主義であらねばな・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ けれども、現代の一般社会には、女性の人としての生活、人としての発展を心から肯定し助力しようとする傾向と並んで、因襲的な過去の亡霊にしがみ付いて、飽までも女性を昔ながらの「女」にして置こうとする傾向とがあるように、女性の心そのものの裡に・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・生あるものは総てかく低唱しつつ厚き帳のかなた身じろぐ夜の精を見んと行手すかしつつさぐり見るなり無限の闇の広き宙には乾坤の敗者の歎きと勝者の鬨の声と石棺の底より過去を叫ぶ亡霊のうごめき奇しき形に其の音波・・・ 宮本百合子 「夜」
・・・これらの狂言の中に出現する女は、謡曲の女主人公達の悲劇的な亡霊的存在と較べて、その感性、行動がいかにも現世的であり、腕白であり、時には晴れ晴れと亭主を尻にも敷いている。狂言の行中には、いつも少し魯鈍でお人よしな殿と、頓智と狡さと精力に満ちた・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫