・・・だにおれを大騒ぎしてくれる、人間はなんでも意気で以て思合った交りをする位楽しみなことはない、そういうとお前達は直ぐとやれ旧道徳だの現代的でないのと云うが、今の世にえらいと云われてる人達には、意気で人と交わるというような事はないようだね、身勝・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・高い金箔の天井にパチリパチリと響き渡る碁石の音は、廊下を隔てた向うの室から聞えて来る玉突のキュウの音に交わる。初めてこの光景に接した時自分は無論いうべからざる奇異なる感に打たれた。そしてこの奇異なる感は、如何なる理由によって呼起されたかを深・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・どうした拍子か僕が正岡の気にいったとみえて、打ちとけて交わるようになった。上級では川上眉山、石橋思案、尾崎紅葉などがいた。紅葉はあまり学校のほうはできのよくない男で、交際も自分とはしなかった。それからしばらくすると紅葉の小説が名高くなりだし・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ 兄公女公に敬礼を尽して舅姑の感情を傷わず、と睦じくして夫の兄嫂に厚くするは、家族親類に交わるの義務にして左もある可きことなれども、夫の兄と嫂とは元来骨肉の縁なきものなるに、之を自分の実の昆姉同様にせよとは請取り難し。一通り中好・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ あるいは一人と一人との私交なれば、近く接して交情をまっとうするの例もなきに非ざれども、その人、相集まりて種族を成し、この種族と、かの種族と相交わるにいたりては、此彼遠く離れて精神を局外に置き遠方より視察するに非ざれば、他の真情を判断し・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・脩心学とはこの理に基き、是非曲直を分ち、礼義廉節を重んじ、これを外にすれば政府と人民との関係、これを内にすれば親子夫婦の道、一々その分限を定め、その職分を立て、天理にしたがいて人間に交わるの道を明らかにする学問にて、ひっきょう霊心の議論なり・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・人に交わるに法あり。事に当りて論ず可きは大に論じて遠慮に及ばずと雖も、等しく議論するにも其口調に緩急文野の別あれば、其辺は格別に注意す可き所なり。口頭の談論は紙上の文章の如し。等しく文を記して同一様の趣意を述ぶるにも、其文に優美高尚なるもの・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この二十年の間に教育の名を専にするものは、ただ学校のみにして、凡俗また、ただ学校の教育を信じて疑わざる者多しといえども、その実際は家にあるとき家風の教を第一として、長じて交わる所の朋友を第二とし、なおこれよりも広くして有力なるは社会全般の気・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・即ち家の外の道徳という義にして、家族に縁なく、広く社会の人に交わるに要用なるものにして、かの居家の道徳に比すれば、その働くところを異にするが故に、その重んずる所もまた自ずから相異ならざるを得ず。 例えば私有の権というが如きは、戸外におい・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・かように一面には当時の所謂文壇が、予に実に副わざる名声を与えて、見当違の幸福を強いたと同時に、一面には予が医学を以て相交わる人は、他は小説家だから与に医学を談ずるには足らないと云い、予が官職を以て相対する人は、他は小説家だから重事を托するに・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫